2023年04月07日

経済教室「実質株主の日々開示 不可欠」について

4月6日の日経経済教室に「実質株主の日々開示 不可欠」という記事があります。内容について、一部ではけっこう辛辣な書き方をされておりますが、正直私も最初読んだとき「ん?どういうこと?」と思いました。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD2818U0Y3A220C2000000/

私、山田先生には15年ほど前にお会いしたことがあります。たぶん、新潟大学の准教授のころかな。ゼミ生を連れて野村證券を訪問してくださり(授業の一環としての見学だったのかな?)、私、ゼミ生の方に敵対的TOBについて解説した記憶があります。なぜ覚えているかというと、当時、王子製紙vs北越製紙のケースが終わったばかりのタイミングで、北越製紙の地元である新潟大学の学生さんだったので、なんとなく印象に残っています。

さて、経済教室の内容ですが、正直私も「実務的に不可能では?」と思ったり「誰がコストを負担するの?」と思ったりしています。

筆者は、日本では発行会社だけでなく一般株主にも実質株主が誰なのか分かるようにすべきだと考える。投資決定に必要な情報は、原則的に投資者間で平等であるべきだからだ。例えば日々の取引終了後、証券取引所から保振が情報を受け取り整理したうえで、信託銀行経由で毎日実質名義による総株主通知をして、実質株主名簿を発行会社が自社ホームページなどで開示することが望ましい。

これ、実務的に可能ですかね?総株主通知をしてタイムリーにその日の実質株主を把握するって、現行のシステム上、可能ですか?期末の株主名簿の速報版が上がってくるのに数営業日はかかっていますよね?仮に1%以上の株主だけにしても、全上場会社の対応をするとしたら・・・。

それと仮にこういった対応がシステムを構築することでできるようになったとして、誰がそのコストを負担するのでしょうか?信託銀行が善意で負担する?あり得ませんね。実質株主?ないですね。発行会社ですか?今現在、判明調査会社に支払っているコストを信託銀行に支払うようにしますか?判明調査会社の調査結果よりも正確な内容であることは間違いなく、判明調査会社にコストを支払うよりもメリットはありそうですが、なんか発行会社の負担は変わりませんね。IRジャパンなどの判明調査会社が大打撃をくらい、信託銀行が儲かるという図式になりそうな・・・。

そして次。

第2に会社株主間契約の適時開示が必要だ。・・・・(略)・・・・――などして、不当な利益を上げることがある。

(1)では、物言う株主が株の買い取り要求をして、あらかじめ実行日を協議し、特定の株主だけが立会外取引(ToSTNeT)を利用して確実に売り抜けるケースがある。この場合、物言う株主は一定数の株式を一定価格で売り抜けることで利益を確定できる。こうして発行会社から物言う株主に利益が直接移動する。

(2)では、会社と交渉して資本政策などの情報を事前につかんでいる株主は、当該情報の開示前に対象株式を購入できる。その資本政策が公表された後に株価が上がれば、事前に情報をつかんでいた株主は株を売り抜けることで確実に利益を得られる。公表されて値上がりした後に株を買った一般株主の利益が、物言う株主などに移転するわけだ。

(1)のケースですが、最近は自己株TOBをする場合が多くトストネットで売り抜ける事例は少ないですね。ただ、もちろんあることはあります。そして(2)ですが・・・これ、文面をそのまま読むと「おい!インサイダー取引やんけ!」となってしまいます。多くの方が疑問に思われたのではないでしょうか?

これ、山田先生もインサイダー取引を想定して書いている訳ではないと思うのです。想像ですけど「会社と交渉して資本政策などの情報を事前につかんでいる」というのは「自社株買いをやります」という直接的なインサイダー情報をつかんでいるという意味ではなく「会社と今後の資本政策を議論する中で、おそらくこの会社は自社株買いなどをやるだろうという感触をつかんだ」という意味ではないかと。良心的に解釈すればという意味です笑。この文面だとインサイダー取引になっちゃいますから笑。

まああまり細かいところを指摘してもしょうがないので(ただかなり気になるところがあるのは事実です)、山田先生の問題意識を把握したいと思います。記事の冒頭にある「ポイント」には以下のように書かれています、

ポイント
企業も一般株主も実質株主を把握できず
会社株主間の契約や対話も適時開示必要
一般株主と機関投資家の情報格差是正を

山田先生は日々の実質株主の名簿をHPなどで開示してはどうかとご指摘されていますが、これは実務上不可能でしょうし、可能だとしてもコストを考えるとやる必要はないと思います。やるとしたら、一部の株主の動きを把握できるようにすればよいです。では、一部の株主とは?

アクティビストです。例えばですけど、こういった取引をされると一般投資家は非常に困るわけです。

https://ib-consulting.jp/newspaper/4522/

大量保有報告書を提出し、保有目的欄に「投資及び状況に応じて経営陣への助言、重要提案行為等を行うこと」と書いてあると、通常、一般投資家は「アクティビストだから中長期で保有することはないだろうが、それでもある程度の期間保有して会社に何らかの提案をするのだろう」と考えて「じゃあオレも!」と投資することがあるでしょう。

でも、株価が上がるやいなや、大量保有報告書を提出した翌日から実は売り始めていた、と。でも1%以上の変動がないと変更報告書は提出されませんし、提出義務発生日から5営業日以内に提出すれば足ります。タイムラグを用いてアクティビストだけが儲かり、アクティビストに期待した一般投資家が損をするパターンですね。

このようにアクティビストの投資行動によって一般投資家が振り回されることがないよう、例えば保有目的に「経営陣への助言、重要提案行為を行うこと」といった記載をした株主や10%以上を保有する主要株主については、日々の売買履歴について公表するという義務付けをすることが考えられます。これなら信託銀行や発行会社はコスト負担をする必要がありませんし、アクティビスト側の負担もさほどではないでしょう。※一応申し上げておきますが、投資は自己責任であり自己判断です。アクティビストの目的を見抜けずに損をしてしまう投資家にも責任はあります。が、やはりこういった取引で一般投資家が損害を被るのはどうなのかとも思っています。

大量保有報告書を提出した翌日に売却したことが即わかるような開示にすれば、一般投資家が迷惑を被るような取引をアクティビストはしにくくなるでしょう。したとしてもすぐにわかるわけですから、一般投資家が被る損失も最小限で抑えられるのでは?

1%以上保有する一般の機関投資家にまで範囲を広げなくてもいいと思いますよ。アクティビストではないですから、派手な投資行動はしないでしょう。そこまで把握する必要もないと思います。ようは不穏な動きをする投資家の行動によって一般投資家や会社が迷惑を被らないようにすればいいんですよね?だったら、アクティビストに限ればいいと思うのですが。

あと、情報格差ですが、まあ、たしかに問題だなあとは思いますよ。明確に自社株買いをするといったインサイダー情報が伝達されるわけではないし、アクティビスト側もインサイダー情報には敏感であり「絶対に伝達するな」と言います。ただ、目と目で通じ合うじゃないですけど、「あ!こいつら自社株買いやる気マンマンやな?」と面談の場で感じ取ることもあるでしょう。たくさんの株式を保有し、会社に圧力をかけるようなアクティビストしか入手できない貴重な情報です。これも開示してはどうですか?一般の機関投資家との面談内容についてもまあHPなどで開示しているケースもあると思いますが、上記のとおり、保有目的に重要提案行為と書いているアクティビストや10%以上を保有する主要株主との面談については、面談内容をなるべく早期に開示する、と。そうすれば一般投資家もそれを知ることができるようになり、不測の損害を被るリスクを多少なりともおさえられるのではないでしょうか?

あと、実質株主判明調査ですが、記事の冒頭に「上場企業の投資家向け広報(IR)担当部署などは、有料で実質株主調査をするなどして実質株主の把握に努めている。」とありますが、これ、本当にどうして会社が相当なコストを負担して判明調査をやっているか常々疑問に思っています。何のためにやっているのか?判明調査をやっても、アクティビストがいるかどうかはわからないことも多いですしね。IRのためにやっているんだとしたら、コストがかかり過ぎなようにも思います。で、以下のやり方だったらどうですか?ファナックさんです。今でもこういうやり方なのかはわかりませんが。

https://ib-consulting.jp/column/241/

<実質的な当社株主としての認識手順について>

当社は、機関株主の皆さまに、当社株主であることの事前ファイリング(一定の情報の登録)をお願いいたします。また、当社は最新の状況を把握するために、機関株主の皆さまにファイリングを定期的にお願いいたします。

これでよくないですか?私も2018年1月18日のコラムで同じようなことを言っています。

https://ib-consulting.jp/column/185/

もちろんこれだとアクティビストの存在は把握できない訳ですが、アクティビストについては上記ような方法や別の方法で把握できるような制度にすればよく、一般の機関投資家については機関投資家自身が会社に伝達すればよいのではないでしょうか?IR面談を会社にしてほしいと考える機関投資家は当然自主的に登録するでしょう。あまりIRやガバナンス関連で会社にコスト負担をさせないほうがよいと思います。

最後に細かい話ですが、以下。

ただしこの場合の実質株主名簿は、1%以上を保有する株主で足りる。株主との対話をするのは、主要株主などに限られるからだ。

「主要株主」ではなく「主要な株主」「主な株主」では?言うまでもありませんが「主要株主」とは議決権の10%以上保有する株主のことです。文中にところどころ「主要株主」という表現が見受けられますが、これ「主要な株主」「主な株主」のことですよね?

 

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