No.1187 ある株主のうっかり社員が経験した恐怖の一日
以下のお話はフィクションです。
西日本スーパーの臨時株主総会を控えた某日、X株式会社の総務部につとめるうっかり君は課長から「おい、うっかり。●月●日に西日本スーパーの臨時株主総会に出席してきてくれよ」と声をかけられた。うっかり君は「え?株主総会ですか?ボク、うちの会社の総会しか出席したことないんですけど」 課長は「大丈夫だよ。出席すればいいだけなんだから。ただ、ちょっと時間はかかるかもしれないね、今回は。ま、座って話を聞いていればいいよ。総会は●●県の▲▲市で朝10:00から開催されるんだよ。間に合わないかもしれないから、前泊していいからさ。」 するとうっかり君は「え?前泊していいんですか?わかりました!出席するだけでいいんですよね?」 「ははは!まあ、出席すればいいんだけど、ただ、ちゃんと勉強してこいよな!こんな株主総会はたぶんめったに見ることはないだろうから、総務マンとしてきちんとどんな運営がされているか勉強して来いよ」 「わかりました!あれ?課長、この議決権行使書、白紙になってますけど、賛成にマルをつけなくていいんですか?」 「おいおい、うっかり!しっかりしてくれよ。議決権行使書をちゃんと読んでみなよ。各議案につき賛否の表示をされない場合は、賛成の表示があったものとして取り扱います、って書いてあるだろ?だから白紙で投票するってことは会社側提案に賛成しますって意味なんだよ。うちの招集通知にもちゃんと書いてあるよ。勉強不足だなあ。しっかりしてくれよ。」 課長もこの自分の言葉が西日本スーパーの経営統合議案を左右するとは夢にも思っていなかった・・・。
そして、西日本スーパー臨時株主総会当日の朝を迎え、うっかり君は遅刻することのないよう、少し早めにホテルを出発した。うっかり君が総会場に到着すると、そこはこれから株主総会が行われるといった雰囲気ではなく、まるで有名人が逮捕でもされたのではないかというぐらい物々しい雰囲気で、マスコミがごった返していた。「なんでこんなにマスコミが???」と驚きつつも、うっかり君はこれから恐怖の一日が始まるとは知る由もなく、総会場へと入っていった・・・。
「株主の皆さんは受付をお願いしまーす!」
うっかり君は議決権行使書と職務代行通知書を携え、受付に進んだ。
「議決権行使書をお願いします」
うっかり君は(議決権行使書と職務代行通知書を出せばいいんだよな?)と課長に言われたことを思い出し、受付で提出した。
「本日は出席でしょうか?傍聴でしょうか?」
(へ?傍聴ってなんだよ?出席でいいんだよな?だって課長も出席して来いって言ってたもんな)
「はい、出席です」
悪夢はこの一言から始まった・・・。
総会場に入ると、もうすでにかなりの株主が着席しており、座席はけっこう埋まっていた。(うちの株主総会にはこんなに株主は来ないよな。それだけ注目されてる臨時株主総会ってことか) うっかり君はなんとか席を見つけ、議案の内容に目を通してみた。(ふーん、西日本スーパーってマルミヤとオアシス21ってスーパーと経営統合するんだ。経営統合って合併のことかな。でもたしかエヌジーっていう関東のスーパーが待ったをかけてるからこんなにもめてるんだよな?あ、あれがエヌジーの社長か!なんか怖そうな人だなあ。やっぱり敵対的買収なんてする社長は強面なんだなあ)
そろそろ10:00になろうかというころ、檀上にぞくぞくと西日本スーパーの役員が入場してきた。「では定刻になりましたので臨時株主総会を開催いたします」
(いよいよ始まったぞ~)
すると株主が「西日本スーパーにとって大きな経営判断を行う日だ。株主の疑問や疑念が尽きるまで答えると約束してください」「約束できないなら議長解任動議も考えている。議長は真剣に、最後まで質問に、疑念もあるので答えてください」
(ものものしい雰囲気だなあ)
議長からの議案の説明が終わり質疑応答へと移ったものの、これがまあ長い。(そういえば課長が「時間がかかる」って言ってたけど、いったいいつまで続くのかなあ。お昼までに終わらないんじゃないの?)
「新型コロナウイルス禍ですでに2時間以上が経過している。換気するなど配慮が必要だ」と株主が休憩を提案。西日本スーパー側がこれに応じ、午後0時20分過ぎから30分間の休憩に入った。
(まだ終わらないのかよ~。こんなことなら普通に仕事してた方がラクだったよなあ。あ、そんなこと考えてるヒマないや。コンビニ行ってサンドイッチでも買ってこなきゃ昼飯食いそびれちゃうよ~)
午後0時50に総会が再開されるもいっこうに終わる気配がない。(なんか同じ質問ばっかだなあ。もうそろそろいいんじゃないの~。ふぁ~・・・昨日、こっちの友達と久しぶりに会って遅くまで飲んじゃったんだよなあ。出席するだけでいいからラクなもんだと思って。てへへへ。はあ~、なんだか眠くなってきたよ・・・)
ウトウトウトウト・・・・・。うっかり君がこっくりこっくりと眠りについたころ、株主総会は終盤を迎えつつあった。午後1時40分、質疑が終わり議長が裁決に移ると説明。そして運命の一言が議長から発せられた・・・
「マークのご記入のない投票用紙をご提出いただいた場合は、棄権としてお取り扱いいたします。」
(う~ん、う~ん・・・はっ!寝ちゃってた!なんかイヤな夢見たなあ・・・。あれ?総会終わった???なんかみんな投票用紙に記入してるなあ。オレも記入したほうがいいんだっけ?いや、たしか課長が「白紙は会社提案に賛成だ」って言ってたよな?そうだそうだ。白紙でいいんだった。オレ、ちゃんと覚えててえらいぞ!)
回収担当者「では投票用紙をお願いします」
うっかり君「(念のため聞いとくか)あの~、事前行使してるんですけど、入れて大丈夫ですか?」
回収担当者「???」
うっかり君「あ、あとで番号を突き合せればわかるか。はい、では投票用紙を出しますね」
悪夢が現実となった瞬間であった。
午後1時55分頃「マークシートの回収が完了しましたので、ここで議場閉鎖を解除し、午後3時まで休憩とさせていただきます」
西日本スーパー事務方は集計作業に入った。午後2時50分に集計が完了し65.71%で否決という結果であった。うっかり君の白紙投票という強烈なボディブローのおかげで会社の命運がつきかけた瞬間である。総会検査役に結果が渡されたものの、事務局は票の中に事前行使では賛成票であったのに白紙で投票されているマークシートを見つけた。
「おい、これってX株式会社のマークシートだよな?あの会社、議決権行使書は白紙で賛成だったし、職務代行通知書もあったよな?なんでマークシートを白紙で出したんだよ?これ、間違いじゃないのか?なんとか確認できないか?!」
大至急、X株式会社の総務部に連絡を付けたところ「え?議場の投票で棄権票を投じた?いや、そんなはずは・・・。こちらは貴社の提案に賛成していますし、棄権する意思はないですよ。ちょっと待ってください。そっちに行ってる社員に連絡を取ってみます」
議長「休憩時間を午後3時までとしていましたが、集計が間に合っておらず、また非常に僅差となっており慎重を期すために休憩時間を午後4時までに延長させていただきます」
(はあ~、まだかかるのかよ~。会社に帰るのがけっこう遅くなっちゃうな~。あ、そうだ!課長に連絡して直帰させてもーらおうっと!)
ブブブブー、ブブブブー。携帯が鳴った。(あれ?課長から電話だ。なんだろ?)「はい、うっかりですけど、課長、どうしました?まだ総会終わってないんですよ」
「おい!うっかり、オマエいったいどういう投票をしたんだよ!!!」
「へ?なんのことですか?ちゃんと投票しましたよ。会社側提案に賛成で」
「さっき西日本スーパーの事務局から連絡があって、オマエが提出したマークシート、賛成じゃなくて棄権になってるって言われたんだよ!どういうことだよ!」
「はあ?ちゃんと白紙で投票しましたよ」
「バカッ!今日の投票は白紙じゃダメなんだよ!議長が説明してたんだろ?賛成か反対か棄権にマルをつけろって!なにもつけない白紙は棄権扱いになるってちゃんと議場で議長が説明したって言ってたぞ!」
「(え゛ そんな説明してたっけ?はっ!オレ、寝てたんだ・・・やっべーぞ!)いや、説明は聞いてたんですけど、でも課長が事前に白紙は会社の提案に賛成するっていう意味だって言ってたから、白紙でいいと思って・・・」
「大馬鹿モン!・・・オマエ、寝てたな?!」
「あ、いや、寝てはいないんですけど、ちょっとウトウトとは・・・」
「すぐに総会場の受付に行け!そこで西日本スーパーの人に相談しろ!」 うっかり君は血相を変えて受付に急いだ。大量の脇汗をかきながら・・・。
午後3時30分「あの~、マークシートを白紙で出しちゃったんですけど、どういう取扱いになっているのか聞きたいんですが・・・」
「少々お待ちください。・・・では別室にお願いします」
うっかり君は別室へと通されると、そこには金色に輝くバッジをつけたスーツ姿のいかにも知的な感じの人物が2名いた。「うっかりさんですね。時間がないので手短に申し上げます。あなたは白紙で出したら棄権扱いになることを知っていましたか?」
「いや、実はウトウトしていて議長の説明をちゃんと聞いていなかったんです」
「なるほど、ではそこは「聞いていたが、事前に賛成で出していたから二重計上にならないよう白紙で出した」と言ってください」
「え?なんのことですか?」
「このあとすぐに、総会検査役という総会手続きに不備がなかったどうかをチェックする弁護士に経緯を説明していただく必要がありますので、これはその事前練習だと思ってください。時間がありませんので」
「・・・・わかりました。」
「うっかりさん、あなたはなぜ受付に来たのですか?」
「え、それは課長から連絡があって、貴社からボクの投票がおかしいんじゃないかという話が」
「いえ、違いますね。あなたは自主的に受付に来たのでしょう?休憩時間が延長され、どうもおかしい、自分の投じた票に間違いがあったんじゃないかと不安に思い、受付にきた。そして、あなたは賛成票を投じたつもりだったのだけれど、自分の票の取扱いがどうなっているのか確認したかった、と。違いますか、うっかりさん?」
「そうです、そうです。ボクが自主的に受付に行ったんです!自分の投じた票を確認したくて!」
「そうですよ、うっかりさん!その調子です。じゃ、参りましょうか」
そして午後3時45分、西日本スーパーの代理人弁護士2名と総会検査役2名「総会検査役の●●と言います。白紙で出したら棄権になるという説明は聞いていましたか?」
「はい、聞いてはいたのですが、事前に賛成票を出していますし、マークシートに賛成と〇をつけて出したら二重計上になっちゃうんじゃないかと思って白紙で出しちゃったんです。うちの会社はちゃんと賛成するっていう意思ですし、職務代行通知書も出しているんです。ですから賛成なんです。白紙で出したのが間違いなんです!」
・・・・・
「議案は可決されました」午後4時に議長が高らかに宣言し、神の手により臨時株主総会は無事終了した。
(くっそ~、なんだよ!課長め!課長が白紙で投票したら会社提案に賛成だとか余計なことを言うからこんなことになっちゃったんじゃないか!)とうっかり君はゆとり世代にありがちなゆがんだ思いをいだきながら帰路についた。(ああ~、明日会社行きたくないな~。休んじゃおうかなっ!)
がんばれ!うっかり君!君の社会人人生はまだ始まったばかりだ!
↓以下、参考文献。
https://news.yahoo.co.jp/articles/7b5a15f9d56dc993b8745c3e089ca7ce280756c5