2024年03月03日

No.1700 清原達郎「わが投資術 市場は誰に微笑むか」

これ、最近超話題の本です。タワー投資顧問の清原さんが書いたものですが、皆さん、清原さんをご存じですか?本の帯にも「個人資産800億円超。長者番付1位となった伝説のサラリーマン投資家・清原達郎。」とあります。有名な方です。

https://www.moneypost.jp/862951

この本、非常に話題になっているので私も買ってみましたが、タイトルに「わが投資術」とあるので投資家の方向けの本のように見えます。しかし、これ、上場会社の方こそ読むべき本です(と言っても、私もまだ70ページくらいしか読んでいませんが)。投資家の仕事が垣間見えます。

私、清原さんには思い出があります。「清原さんって野村證券出身だから一緒に仕事でもしてたのか?」と思いましたか?してません。ていうか、清原さんとは重なっていませんし、お会いしたこともありません。でも私は強烈に覚えています。それは2006年のことです。

2006年1月15日、ドン・キホーテがオリジン東秀に対してTOBを実施すると公表しました。ドン・キホーテはオリジン株を2005年8月にオリジンの創業家から取得し、23.62%を保有していました。株をもってオリジンと事業を一緒に進めていこうとしていたものの、スピード感に違いがあることなどを理由にTOBを実施するとしました。※ずいぶん昔の話なので、かなりざっくりと書いておりますが、何卒ご了承ください。

TOB価格は2,800円(3か月間の終値平均に41.9%のプレミアム)、成立要件として応募の下限30.92%、上限51.20%でした。ようはドン・キホーテの所有割合が30.92%になる応募が集まらないとTOBは不成立、応募があってもドン・キホーテの所有割合が51.20%になるまでしか買わないよ、っていう条件です。上場は維持されます。

これ、1月の3連休の最終日に公表されたんですよ。当時の部長から夜連絡が入って「明日、6:00には会社に来てくれ」と。早朝出社して、とりあえず当座の意見表明を作って・・・という作業をしました。

で、じゃあオリジン東秀はどうやって防衛するの?っていう話になるのですが、すでにドン・キホーテはオリジンの株を23%も持っているんですよ。それなりのプレミアムもついていましたから、TOBは成立するだろうし、50%くらい持たれて子会社にされてしまうリスクもあったので「こりゃホワイトナイトしかないわな」という方向になりました。※だいぶ議論を割愛しています。そもそもいきなり防衛かよ!という突っ込みもあるかと思いますが、当然議論を重ねた上での結論です。まあ上場維持ですから、企業価値・株主価値が毀損されて、既存株主の・・・という理屈は成り立ちますから。

紆余曲折があってイオンさんにホワイトナイトを依頼することになったのですが、そのイオンさんのTOB価格はドン・キホーテを300円上回る3,100円、取得の上限なし(全株買収)、でも下限は50.01%という条件でした。応募してくれたら全株買いますよ、でも50.01%の応募がなければ不成立ですよという内容ですね。

これを公表したのが2006年1月30日なのですが、2月9日にドン・キホーテのTOBが終了し、応募がゼロだったことがわかりました。しかしここからが修羅場でしす。私の記憶もあやふやですが、どうもオリジン株の市場出来高が多かったんですよ。これ、我々も想定はしていたんですが、どうやらドン・キホーテがTOB終了後、市場でオリジン株を取得しており、確認したところドン・キホーテが2月15日にオリジン株を市場取得し、その所有割合が46.21%になったと公表したんです。

この公表を受け、オリジンの株価は暴落し、ドン・キホーテのTOB前の水準くらいになってしまいました。どういうことかと言うと、

・ドン・キホーテが市場でオリジン株を取得し46%も持ってしまった

・イオンのTOBに応募する人がいなくなってしまった

・TOB成立の下限である50.01%を満たすことができない

・TOBは不成立になるリスクが高い

と見なし、3,100円のイオンのTOBが成立するだろうという前提でついていた株価(3,100円に近い水準)が、ドン・キホーテがTOBを実施する前の株価(2,500円未満)くらいに下がってしまったということです。

ここでイオンのTOBの成立は限りなくゼロに近づきました。市場の誰もがそう思ったし、関係者である我々も絶望的な気分になりましたよ・・・。※細かい話は省略しますが、このリスクは想定していましたが「たぶん大丈夫だろう」という「だろう運転」をしてしまったことがダメでした。

そんな中、2003年12月に大量保有報告書を提出し、すでにオリジン東秀株を9.22%保有していたタワー投資顧問が変更報告書を提出しました。当然「イオンのTOBが間違いなく不成立になるだろうから、オリジン株を売ったんだろうな」と思ったら、逆でした。オリジン株がイオンのTOB不成立の可能性を見越して暴落する中、タワー投資顧問はオリジン株を買い増し、保有割合が9.22%⇒10.22%になったという変更報告書を提出したのです。

そしてその後もタワー投資顧問は、市場がイオンのTOBは不成立だろうと見る中で買い増し、最終的に保有割合が12.65%になりました。

市場が「イオンのTOBは不成立だろう」と見ているだけでなく、正直、関係者である我々も「打つ手がないかも・・・」と不安な気持ちになっている中、市場とはまったく逆の行動をするんです。私は「このタワー投資顧問の清原さんって人はどういう神経の持ち主なんやろか???」と非常に不思議に思いました。

清原さんの本には「投資の第一歩は常識を疑うこと」「自分一人だけの独自なアイデア」といった言葉がありました。本件の場合「みんな(株式市場)はイオンのTOBが成立しないと見なしてオリジン株を売り、株価が下がっているが、本当にイオンのTOBは成立しないのか?」と常識を疑ったのでしょう。そして「なんとかしてイオンはTOBを成立させにいくだろう」という独自のアイデアでオリジン株を買ったのではないでしょうか。

当時の私は素直に「この人、すげー!!!」と思いましたよ。後々、清原さんが長者番付1位になったときも「そりゃそうだよ。あの人、すげーもん」と思った記憶があります。

オリジン株をめぐっての清原さんのすごいところは、株式市場のみんなが「イオンのTOBは成立しないからオリジン株は売り」と見ている中で買い増したことではありません。株式市場のみんなに加えて、オリジンやアドバイザーなど内部の関係者ですら「どうするよ・・・」と悩んでいるところで買い増したことです。最終的にイオンとドン・キホーテがトップ会談をし、ドン・キホーテがイオンのTOBに応募することで合意したため、イオンのTOBは成立。タワー投資顧問はイオンのTOBに応募し、取得資金39億円に対して売却で得た収入は69億円です。

長くなってすみませんが、こんな思い出を振り返りながらこの本を読んでいます。この本、本当におもしろい。名著です。繰り返しますが、上場会社のみなさんがぜひ読むべき本です。

 

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