2020年05月28日

No.833 (無料公開)誰も考えないリスクを考えるのがリーダー(日経ビジネス)

日経ビジネスに以下の記事がありました。企業防衛、買収防衛策といったこととは関係ありませんが、けっこうタメになるお話です。私の分野に結び付けて書いてみようと思います。

「誰も考えないリスクを考えるのがリーダー」と失敗学・畑村教授

新型コロナウイルスの感染拡大は想定を上回る事態をもたらした。1日でも早く日常に戻れるよう、世界中であらゆる人たちが懸命の努力を続けている。「失敗学」の提唱者として知られ、困難に直面した数々の企業や組織などが立ち直りに向かう過程を見てきた畑村洋太郎・東京大学名誉教授は、今回の事態をどう捉えているのか。

では抜粋しながらコメントします。

畑村洋太郎・東京大学名誉教授(以下、畑村氏):「誰が失敗した」「これが間違っている」などと責めるのが正しいのかといったら、そうじゃないですね。マイナス面にばかり目が行ってしまいがちですが、危機から何を学び、次に生かしていくかが大切になると思います。

前田道路が失敗した、芝浦機械は間違っている、とだけ責めてもしょうがないです。前田道路の失敗から何を学び、自分が芝浦機械や前田道路の経営者だったらどうしたか、といったことを考えるのが重要ということです。

それで、ひとつ紹介したい本があるんですよ。『東日本大震災の実体験に基づく 災害初動期指揮心得』というもので、ものすごく参考になります。

まとめたのは「国土交通省 東北地方整備局」。

畑村氏:これはもう何回も読みました。この本を使って何度も議論しているんだけど、過去の災害から得られた教訓を東日本大震災でどう生かしたかが書いてある。

 まず冒頭を見てください。こうあります。

 「備えていたことしか、役には立たなかった。備えていただけでは、十分ではなかった。」

いいですね~。備えていたことしか、役には立たなかった。つまり、企業防衛の世界においても、きちんと備えておくことが重要なのです。常日頃から、自社に対して株主提案がなされたり、敵対的買収がなされたりしたらどう対処するのか、を十分に議論し、備えておくことが必要ということです。そして、備えていただけでは十分ではないのです。

畑村氏:そうなんです。いろんなことが書いているんですが、中でも、うなったのは防災ヘリコプターの話です。東北地方整備局では防災ヘリコプターを持っていて、震災が起きたらすぐに飛ばして、そこから送られてきた被災地の情報を基に様々な対応をしました。でもその格納庫は大きな揺れでシャッターが壊れました。それをトラクターでどかせてヘリコプターは飛び立ったわけですが、もともと大地震が来たら格納庫はぶっ壊れるだろうと考えていた。それで、ヘリコプターを外に出せるようにと、障害物をどかすためにトラクターを準備していたんです。

へえ、なるほどです。そういう準備もしていたんですね。例えば、有事に備えて買収防衛策を導入しておきます。しかし常日頃からの議論では「買収防衛策はあくまで時間と情報を確保するためのルールに過ぎない。例えば事業会社がまともな買収提案をしてきたら買収防衛策では守り切れない。さてどうするか?」となっている場合、どういう準備をしておけばよいでしょうか?持ち合いもできないとなるとどうしますか?「やはり買収防衛策の導入も重要ではあるものの、本質的に株価を高くしておかないといつ買収されるかわからない。事業戦略に加えて株主還元戦略も充実させよう」という議論になるかもしれませんね。

また緊急発進ができたのは、運航を委託している会社との間に専用回線を引いておいたことも大きかった。それですぐに連絡が取れて、東北地方整備局の職員が到着する前にクルーが飛び立ちました。本当に地震が来たらすぐに飛ぶという、訓練でやっていた通りのことができた。

阪神大震災のときには、そういった準備ができてなかったから、対応が遅れた。もうそういうことがないようにしようという文化ができていたというんですね。

ここで言う阪神大震災が他社事例ということです。阪神大震災では十分な準備ができていなくて対応が遅れたからそういうことがないようにしようとなった。これ、企業防衛でもまったく同じです。皆さんは前田建設や芝浦機械、大戸屋の例をみてどうお考えになりましたか?「なにそれ?知らない」 上場会社の管理部門にいらっしゃる方であってもこういう方がいらっしゃると思いますよ。「知ってる。大変そうだよね。」という感想でしょうか?これも論外です。「大変そうだよね。うちがターゲットにならなくてよかった」 これが一番多いように思います。

地震と同じように、敵対的買収や株主提案はどの上場会社にも等しく起きる可能性があります。他社事例をちゃんと分析し

「うちに同じようなことが仕掛けられるリスクはないのか?」

「うちが仕掛けられたらどう対処するのか?」

「安定株主比率や株主構成はどうなっているのか?」

「仕掛けられないように事前に打てる手はないのか?」

といったことを考え実行しておく必要があります。

畑村氏:もちろん、何から何まで準備するのは難しいです。お金がかかるし、人も時間もかかるから。でも、考えはしたけれどやらなかったのなら、仕方がない。気がついていて、諸般の事情で今はやれない、と。でも気がついて、考えた上でやらなかったことと、考えもしなかったこととは違うんです。

東日本大震災の前には阪神大震災とか中越地震とかいろいろな地震が起きていた。東京電力も地震に備えなければいけないということは一生懸命考えてきたんです。だから免震重要棟みたいなものをつくっている。でもそれだけではだめで、津波のことももっと考えなければならなかった。

そうなんですよね。何から何まで準備するのは難しいです。会社によっても「買収防衛策の議論はしておくけど、実際の導入についてはまだ先」とか、段階的に準備をする会社もあります。コストもかかりますからね。ただ「やらなきゃならないのはわかってるんだけど、何をやればよいかわからない」ってのは、考えもしなかったのと同じことです。

それで今回のコロナのようなことがあって、日本はちゃんとなっていたかといったら、そうじゃなかったわけです。私自身もコロナのことなんて全然考えていなかった。でも起こってみれば、腰を抜かすようなことが次々起こるわけね。

じゃあ、何をやらなきゃいけないかといったら、頭を自由に働かせて想像力を豊かにするとか、過去に起こったことに興味を持つとか、一人ひとりがそういうことをやらなきゃいけなかったんですね。

そうです。過去事例の分析と想像力が大切なのです。

一生懸命考えたり、調べたり、議論をしたりして、「ああじゃないか」「こうじゃないか」といっても、気づかずに備えていない領域が残ってしまう。

どんなに考えても、この領域をゼロにすることはできないんですが、いかにして少なくするかは、指導的な立場にある人の大きな役割だと思います。社長だろうが会長だろうが、あるいは業界のドンだろうが一緒です。「考えてない部分が残るぞ」ということに気がついていないと、致命的な事態が起きかねません。

そうです。企業防衛についても「買収防衛策は必要なんじゃないか?」「買収防衛策だけでは守り切れないんじゃないか?」「だったら株主還元も考えなくてはならないんじゃないか?」「いっそのことうちが敵対的TOBをしかけて、企業価値・株主価値をあげてはどうか」と議論することが大事です。

ただし、おっしゃるとおり、買収リスクをゼロにすることは不可能です。ただし、ちゃんと平時から考えて準備することが大事なのです。平時から議論し準備していた会社は、敵対的TOBや株主提案をしかけられても、オタオタすることはありません。

古くはペストやスペイン風邪があったのに、日本ではSARS(重症急性呼吸器症候群)のときに、それほどひどい被害に遭わずに通り過ぎたから、みんなが感染症対策の大事さに気がつかないで、考え方を直すチャンスを見逃したんだと思います。

伊藤忠vsデサント、エイチ・アイ・エスvsユニゾ、コクヨvsぺんてる、HOYAvs東芝・ニューフレアテクノロジー、旧村上ファンドvs芝浦機械、前田建設vs前田道路、コロワイドvs大戸屋・・・。もっとありますけど、みなさんが敵対的TOBや株主提案の被害を直接あわずにすんだから、いずれ忘れます。そして忘れたころに貴社がターゲットになります。敵対的TOBや株主提案リスクに対する考え方を見直すチャンスを見逃すことになるのです。

たしかにスペイン風邪では日本も多数の死者を出しました。

畑村氏:やはり記憶というのは薄まっていくものなんです。個人は3日で飽き、3カ月で冷め、3年で忘れる。その次に組織の記憶は30年で消える。企業の寿命30年と言っているのはこれですよ。

30年は1世代、例えば定年になって人が入れ替わるからですか。

畑村氏:そうそう。その次に地域が忘れるのは60年。

人の寿命ですか。

畑村氏:30年が2回。孫の代にまで伝わるかというふうに考えればいい。

「売り家と唐様で書く三代目」というやつですね。

アクティビストに株を持たれて大変な思いをしたのに、代がかわれば皆さん忘れます。敵対的TOB対策を組織に根付かせる必要があります。転勤、引退でいずれ皆さんが忘れてしまうのです。

畑村氏:まだあるんです。1200年たつと何が起こるかというと、もう文化としてそういうことがあったという記憶自体が消えてしまう。これが貞観津波(869年)です。1200年前に大津波が起こったのに、東電は地震のことだけ考えて、津波のことは考えてなかった。

 

「発生確率の低いものは無視していい」とか「そんなことを考えたら何もできないよ」という声もあるでしょう。でも東日本大震災のような地震だって、起きるまでは発生確率は限りなく低いと言われていました。

 やはり「そういうことがあるんだよ」ということをみんなで共有しなければなりません。仮に対応が難しいとしても「今、自分らはやっていない」という意識を共有しなきゃいけない。「まず起きない」と考えるだけで終わらせるのではなく、「あるんだよ」ということを前提にして、仮にコストなど何らかの理由で十分な対策が難しいのであれば、「あるかもしれないけど、理由があって対策をしていない」という社会的コンセンサスを得るようにしないといけない。

畑村氏:だと思う。そういう考え方を理解してほしいですね。

敵対的TOBをしかけられた会社は数少ないです。ですから発生確率は低いと言えます。ただし、しかけられたら会社の独立性はなくなりますし、会社そのものがいずれなくなってしまうリスクもあります。発生悪率は低いのですが、会社の存亡にかかわるリスクなのです。発生確率が低いから考えなくてもいい、考えてもムダではありません。

これだけここ2年で敵対的TOBが数多く発生しています。今年はすでに旧村上ファンドvs芝浦機械、前田建設vs前田道路が起きました。芝浦機械は助かりましたが、前田道路は前田建設の子会社になってしまいました。コロワイドは大戸屋に株主提案をしており、通らなかったら敵対的TOBも辞さないという態度です。

今年はまだあと7か月もあります。「コロナショックが起きたから敵対的TOBをしかけようとしていた会社も躊躇しているのでは?」 ということは、今年発生しなかった敵対的TOBが来年に持ち越されただけかもしれません。

敵対的TOBは今後必ず増えます。日本の株式市場は米国の株式市場の20~30年遅れています。20~30年前に米国市場で起きたことが今日本市場で起きるのです。ですから敵対的TOBが今後増えるのは当たり前なのです。

安定株主も減る中、どうやって会社の価値を高め、守りを固めるのか?守りだけ固めていてよいのか?こういうことを常日頃から議論し、準備しておくことが重要です。

 

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