2019年08月23日

No.653 会社は誰のものか?を再度考える

2019年8月21日の日経に米「株主第一主義」に転機 社会の分断に危機感という記事がありました。「このニュースに注目」非常に興味深い日経の記事でも取り上げましたが、改めてコラムにしてみようと思います。

米主要企業の経営者団体、ビジネス・ラウンドテーブルは19日、「株主第一主義」を見直し、従業員や地域社会などの利益を尊重した事業運営に取り組むと宣言した。株価上昇や配当増加など投資家の利益を優先してきた米国型の資本主義にとって大きな転換点となる。米国では所得格差の拡大で、大企業にも批判の矛先が向かっており、行動原則の修正を迫られた形だ。

こういうことを経団連もやればいいのに、と思います。最近、というか少し前から機関投資家は「経営者は自社の株式を保有せよ!株主と目線を同じくせよ!」という主張をしてきました。それに合わせて、経営者は株式保有を強化してきました。信託銀行や証券会社も経営者や従業員の株式保有を促進するための、信託を使ったプランを提供してきました。私は以前からこの流れに強い疑問を持っていました。「なぜ会社に勤めながら、自社の株式まで保有しなくてはならないのか?日本の役職員は転職することが少なく、まさに会社に人生をかけていると言っても過言ではない。それに加えて資産までかけろというのか?」と思っていました。だから私は野村證券の株式を会社人生の後半まで保有していませんでした。

なぜ機関投資家は経営者に株を持てと言うのでしょうか?簡単ですね。経営者を株主にすることで、自分たちの利益代表にしたいからです。従業員、取引先、金融機関、地域社会、国といったステークホルダーを重視するのではなく、最も重視すべきは経営者も含めた株主である、株主のための経営をせよ、と言っているのです。

「会社は株主のものである」とは誰が言い始めたのでしょうか?調べたことはありませんが、十中八九、株主が言い始めたでしょうね。では本当に会社は株主のものなのでしょうか?以前から申し上げているとおり、会社は「モノ」ではありません。法人です。法律上の人です(こういう解釈でよいのかは法律専門家にご確認ください)。人が誰かの「モノ」であることはありません。奴隷じゃあるまいし。会社とは?株主の出資、役員による経営・監督、従業員による労働提供、仕入先からの物品提供、販売先からの収入、金融機関からの借入、地域社会や国などから補助・税金、等々によって成り立っています。それらのステークホルダーが誰一人欠けても、会社は成り立ちません。誰一人欠けても成り立たないという点が重要です。

この日経の記事は行き過ぎた株主至上主義に警鐘を鳴らすものとも捉えられます。「すでに欧州は修正で先を行く。英国は上場企業の企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)を改め、利害関係者として従業員の声を経営に取り込むよう求めた。1月以降に始まった決算期から適用している。」とあります。では日本企業も株主至上主義からおさらばし、もっと従業員の声を経営に取り込む方向に舵を切るべきでしょうか?

私はまだまだ早いと思っています。日本で起きている株主至上主義などまだまだ大したことはありません。まともな株主提案は今年に入って初めて可決されました。LIXILです。まともな敵対的TOBが今年に入って2件起きました。でもまだ、たった2件です。しかもまともなのかどうかもわかりません。だって、1件は出資比率を30%から40%に引き上げる程度の条件ですし、もう1件もTOBの下限を設定せず最大で45%の保有割合にしかしない強圧的な条件です。過半数を取らずに40%程度で実質的な経営権を握ろうとした敵対的TOBですから、まともな敵対的TOBとは言えません。さらに言えば、伊藤忠という時価総額3兆円の企業がデサントという時価総額たった1,400億円の企業に対して起こした、弱い者いじめのような敵対的TOBです。日本企業が株主至上主義からおさらばするのはまだ先です。

日本企業ははっきり言って株主を軽視してきたということは否めません。かつて日本を代表する企業の経営者は「ROEなど眼中にない」と言い放ちました。発言の正確な意図や背景はよくわかりませんが、まあ言うべきことではないでしょう。重要なステークホルダーである株主を軽視している証拠と言われても仕方がありません。リスクマネーを提供してくれている株主に対するリスペクトがないからこういう発言をしてしまうのでしょう。かつて証券会社は企業に対して公募増資を提案する際、「社長!返さなくてもよいお金なんです!」と言っていました。私が入社した1997年頃でもそういうセールストークを言っていた営業マンがいます。

ま、「株主なんて儲かればいつでも株を売って出ていくんだろ?会社の中長期的な利益なんて考えたこともないだろうし、明日の株価しか気にしていないんだろ?」と思う気持ちはよーくわかります。でも株主がいなければ会社は成り立ちません。そのリスクマネーを提供してくれている株主に対してどう報いるか?株主還元を真剣に考えて行動した結果、それでも株主が自らの利益のみを追求し、強欲な行動しかしないのであれば、はれて株主至上主義からおさらばすべきでしょう。

なお、日本の経営者は米国の経営者のようにべらぼうな報酬をもらっている訳ではありません。だから米国よりもより早く株主至上主義からおさらばすべきとは思います。

 

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