2024年04月22日

No.1745 なぜ全株買収の敵対的TOBには反論しにくいのか?

以下の日経記事をご覧ください。

ローランドDG、情報不足の買収合戦 高値提案に否定的

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC035IS0T00C24A4000000/?n_cid=NMAIL006_20240422_A

ローランドディージーの買収合戦を巡り、同社経営陣の対応が波紋を呼んでいる。経営陣が参加する買収(MBO)で株を買い付けている最中に、ブラザー工業が対抗して買収を提案した。買収価格は経営側よりブラザーの方が高いが、経営陣はブラザー提案では「ディスシナジー(負の相乗効果)」の恐れがあるとして否定的だ。株主の利益は守られるか。

ローランドDGが公表している以下のプレスでも「ディスシナジー発生による当社製品の競争力低下及びこれによる中長期的視野での企業価値低下」とは言っていますが、ディスシナジーの具体的内容については言及していません。

https://ir.rolanddg.com/ja/ir/news/auto_20240209532621/main/0/link/RDG20240209_MBO_JP.pdf

こっちのプレスでもそうですね。「シナジー発言の実現性やディスシナジー発生の懸念を払しょくできないから、ブラザーに対して質問している」とあります。

https://ir.rolanddg.com/ja/ir/news/auto_20240412569618/pdfFile.pdf

「ディスシナジーが発生すること」を理由にして買収提案を断ってはいけないのでしょうか?では、これ買収者の条件をわけて考えてみましょう。

では、買収者Aが対象会社Xに敵対的買収を仕掛けます。Xの発行済株式総数は10株です。1株の株価は1,000円です。時価総額は10,000円。そしてあなたはX株を2株持っている株主です。取得単価は1株1,000円なので、2株で2,000円です。買収者AがXに1株1,500円でTOBをかけるとします。

①買収者Aは対象会社X株式の50%しか買わないという条件

あなたは保有しているX株をTOBに応募しますが、買収者AはX株式の50%しか買わないので(Xの上場は継続)、保有株2株のうち1株しか買ってもらえません。TOBに応募して買ってもらった結果、あなたの手元にはX株1株とTOBで得た売却資金1,500円が残ります。TOB終了後、Aの株価はTOB開始前の1,000円に戻ったとして、あなたの手元には2,500円あるということです。TOB前は2株×1,000円=2,000円だったので得してます。

でもその後、買収者AはXの経営に失敗、業績が悪化しXの株価がどんどん下がり、400円になってしまいました。結果、あなたの手元にはX株400円、TOBに応じて入ってきたお金1,500円の計1,900円しか残りませんでした。もともと取得単価1,000円×2株=2,000円だったので、TOB前よりも損していることになります。

全株買収ではなく、例えば過半数といった部分的にしか買わず、対象会社の上場が継続される場合、買収者が経営に失敗すると株価が下がり、TOBで買ってもらえなかった手元にある株の価値が下がります。こういう条件のTOBの際は「TOB価格は市場株価にプレミアムがついていて一見TOBに応じたら得をするとお考えになるかもしれませんが、みなさんは手持ち株の半分しか買ってもらえないのです。当社が買収者に支配され、買収者の経営方針を押し付けられたら、企業価値・株主価値が毀損し、いずれ株価が下がります。そうするとトータルで見ると損をする可能性が高いので、TOBに応じないでください」と買収対象となった会社は主張することが可能だし、株主も「確かにそういうリスクがある」と納得してTOBに応じない可能性があります。

②買収者Aは対象会社X株式の全株買うという条件

一方、買収者AがXの株式を1,500円で全株買収しますという条件だったら?Xの経営陣らが「株主の皆さん!当社がXに支配されてしまうと、製品の競争力が落ちます!研究開発も滞り、魅力的な新製品が出せなくなります!当社の企業価値が毀損してしまうのです。株主価値だって毀損しますよ!だからAのTOBには応じないでください!」と言ったとしましょう。株主は「おお!そうか!Aに買収されるとXは大変なことになるんだな!よっしゃ!TOBには応じないぞ!」と考えるでしょうか?

そういう株主もいます。例えばコロワイドが大戸屋に敵対的TOBを仕掛けた際、「ファン株主だから売らない!」として応じなかった人もいらっしゃいました。「アクティビストはけしからん!」「敵対的買収だと?乗っ取りじゃないか!」と考えて、会社を応援してくれる株主だっているでしょう。

でも、そういう株主は少数派なのです。全株買収という条件のTOBの場合、皆さんが持っているXの株式をすべてAが買い取るのです。と言うことは、AがXの株式を100%保有し、皆さんは1株も保有しません。TOB後、皆さんとXとの関係は何もなくなります。だから買収後のディスシナジーをいくら訴えようが株主は「え?買収後の話をされても困るんだけど。だって私、TOBに全部応募するからもう関係がなくなるんですよ」と考えるのです。

では冒頭の私の問いに戻ります。私は『「ディスシナジーが発生すること」を理由にして買収提案を断ってはいけないのでしょうか?』と書きましたが、その答えは「ディスシナジーが発生することを理由に買収提案を断ってもよい。なんなら、買収者Aの傘下になんかにされたくない!A社の社長が嫌いだ!といった理由で反対してもいいです。ただし、そういう理由で反対しても、TOB価格が高いと株主はTOBに応じてしまいますよ」ということです。どんな理由で反対しようが極論、勝手なんですよ。好きに反対すればいいんです。ただし、全株買収の際に対象会社の経営陣が株主に「TOBには応じないでくれ」とお願いする場合、「TOB価格が安いから」と言わない限り、論理的には株主はTOBに応募するということなのです。

この手の誤解って、敵対的TOBや株主提案の世界では多いんですよ。ちょっと話は変わりますが、例えば証券会社が「こんな敵対的TOBが横行する世の中です!安定株主も増やせません!貴社のファンになってくれる個人株主を増やしましょう!個人株主を敵対的TOBに応じないファン株主にしましょう」ってたまに言います。

本当に市場株価に相当なプレミアムがついた価格のTOBに「オレはX社のファンだ!だから応募しないんだ!」っていう株主います?会社のOBでも応募する人いますよ(正確にはTOBに応募せず、高くなった市場で売っています)。

「有事になったらPR合戦ですよ!積極的に相手を攻撃し、PR活動することで敵対的TOBが成立しないように戦いましょう!」 ホンマかよ・・・。市場株価の倍の値段がついたTOBにPRをうまくやれば株主は応じないの?プロである機関投資家は?究極的にはどんなPRをやろうが「TOB価格で決めるだけ」では?

なお、私は個人株主を増やすことに意味はないとかPRなんてムダだからやるな、と言っているわけではありません。個人株主がたくさんいたほうがよいという局面もありますし、1株に泣くこともありますから。

私が言っているのは「個人株主対策やPRをやっておけば有事に勝てる、なんて考えてはダメだ」ということです。敵対的TOBはTOB価格が高ければ基本的に株主は応募するものだ、という前提で企業防衛を考えなくてはならないんですよ。個人株主対策やPR合戦は企業防衛の「主」「メインシナリオ」にはならないということです。

基本的には有事にしないよう、平時から株価、株主還元、ガバナンス、買収防衛策、持ち合い・・・すべてちゃんと検討する必要があります。どれか1つだけやっておけばよいという話ではありませんし、ましては「有事になったら対応しよう」なんて愚の骨頂です。会社を有事にしてはいけない。莫大なコストが発生するし、何より経営者が本業に集中できず、中長期的な企業価値・株主価値・競争力の毀損につながります。

 

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