2017年07月21日

No.134 買収防衛策に対する経営者の頼もしい意見、ですが私の見方はちょっとだけ違います

 昨日のコラムに引き続き、本日も7月17日の日経ビジネスに掲載されていた記事です。セイコーエプソンとミネベアミツミの社長の買収防衛策に対するご意見をテーマにします。基本的には「おっしゃるとおり!」と思いますが、正確に申し上げると、ちょっと異なります。お二人の主な意見の内容を以下のとおり抜粋します。

<乗っ取りに備えて買収防衛策を導入>

買収防衛策批判に論客2人が大反論!

自己保身のためではない

セイコーエプソン 碓井稔社長

 今回の株主総会で買収防衛策を議案に出して可決しました。買収防衛策を廃止するところが増えているのも知っています。でもね、機関投資家が反対するからとか、買収リスクが低いからやめるというのは、今の風潮に流されているだけ。金融リスクと同じで、発生確率は低くてもリスクには備える。それが経営の基本でしょ。もちろんね、自分たちの保身で防衛策を出すのは絶対ダメ。防衛策を廃止する案も含め、役員の間で徹底的に議論しましたよ。エプソンは2017年4月に経営理念を変えて、「なくてはならない会社でありたい」というのを入れた。利益だけでなく、世の中の課題に真摯に向き合う中でもっといい社会を作り上げる中心的な役割でいようという思いを込めた。その具体策として長期ビジョン「Epson25」や中期経営計画も出した。これらを実行する相当強い覚悟が自分や役員にはある。株主総会ではその覚悟を示したし、それを絶対にやり遂げる。だから、その阻害要因になるような、知らない間に株式を買い占められて会社のありようが変えられるリスクを避ける仕組みを作るのは当然だと思ったし、その是非について株主総会で株主に判断を仰ぐことにした。防衛策の中身も何でもかんでも反対ではなく、しっかり株主に情報を提供して、受け入れるかどうかを判断してもらう仕組みになっている。株主には投資先の会社を通じて、自分も社会の中で大きな役割を果たしていると思っている人も多いんだよ。防衛策とかガバナンス意識が高まっていることは、企業が収益を上げるだけの存在なのかどうかを議論するいい契機になるんじゃないかな。(談)

 おっしゃるとおりですね。私がおっしゃるとおりだと思っているのは「機関投資家が反対するからとか、買収リスクが低いからやめるというのは、今の風潮に流されているだけ」と「発生確率は低くてもリスクには備える」というところです。

廃止した企業には大変失礼かもしれませんが、私もそう思います。敵対的TOBだ!買収防衛策導入だ!と風潮に流され、コーポレートガバナンスだ!買収防衛策廃止だ!と風潮に流され・・・と考えます。なぜ導入したのか?そのリスクはなくなったのか?を本当に深く検討したのか私は疑問です。そのリスクはなくなるはずがないからです。

敵対的TOBって、経営の根幹に関わる重大なリスクです。ソレキアのような敵対的TOBに対する備えが不十分な企業は、佐々木ベジのような方に乗っ取られるということです。このようなリスクに備えないことは、私も経営者としてあるまじき行為と思います。

ただし、後半部分は若干賛成しかねます。「知らない間に株式を買い占められて会社のありようが変えられるリスクを避ける仕組みを作るのは当然」とおっしゃっていますが、こういう風に言ってしまうから投資家は「日本の経営者は敵対的TOBには何が何でも反対するつもりに違いない!」と思われてしまうのです。知らない間に株式を買われることは上場している以上あり得ます。また「会社のありようが変えられるリスクを避ける仕組み」と言ってしまうと、まさに「何が何でも反対するに違いない」と思われます。会社のありようが、よい方向に変えられるのであれば敵対的TOBであっても受け入れるべきです(少なくとも表面上はそう言っておくべきです)。まあ、セイコーエプソンの社長も十分ご認識されていることとは思います。ただし、こういう風に言ってしまうと、投資家から誤解されてしまうということです。

買収防衛策の何が悪い

ミネベアミツミ 貝沼由久社長

 ミネベアミツミは30年ほど前、短期で売り抜けて利益を上げようとする海外企業から敵対的買収を仕掛けられました。自分たちが三協精機製作所という会社を買収しようとしていた時に、逆に買収危機にあった。彼らにいいようにされたら会社の資産が傷むし、時間も浪費する。そんな相手に付き合いたくないから買収防衛策を作った。そもそも買収防衛策を持つだけですぐさまダメという議決権行使助言会社や機関投資家の紋切り型の判断はいかがなものか。はっきり言えば勉強不足ですよ。最近のコーポレートガバナンス・コードで言えば、ステークホルダーの保護や、企業の持続可能性について重要視している。じゃあ買収防衛策もなしに、アクティビストがやってきて、配当可能利益を全額出せとなったらどうするのか。短期的に株価が上がって売り抜けた人は得をするかもしれないが、その短期保有者を優遇したあと、残された従業員や債権者といったステークホルダーは困る。これではコーポレートガバナンス・コードに矛盾する。株主と向き合うことも書いてあるが、短期保有者のいいようにさせたら、中長期で保有したいと考えている株主はどうなるんですか。会社は株主のものであるが、短期保有者だけのものではない。中長期保有者もないがしろにしていいのかと言いたい。当然、企業の持続可能性についても難しくなるだろう。もちろん企業価値を上げる提案を拒むものではない。しかし企業価値を毀損するような相手には対抗すべきだし、その対抗手段としての買収防衛策を持っておくことの何が悪いのか私には理解できませんね。(談)

いいですねえ、貝沼社長!貝沼社長って、確かもともと弁護士ですよね。「買収防衛策の何が悪い」「議決権行使助言会社や機関投資家の紋切り型の判断はいかがなものか。はっきり言えば勉強不足ですよ。」 いやー、スカっとするご意見です。私の知っている優秀な弁護士は誰も「買収防衛策を廃止しましょう」などと言いません。むしろ「最近の買収防衛策の廃止動向には懸念している」とおっしゃいます。敵対的TOBのプロからすると買収防衛策の廃止は本当に危険な行為です。むしろ導入すべきなのです。

さて、貝沼社長のご意見ですが、そうは言ってもちょっと訂正しておきたい部分があります。「じゃあ買収防衛策もなしに、アクティビストがやってきて、配当可能利益を全額出せとなったらどうするのか。」 貝沼社長はもちろんご存じだと思いますし、話の流れでこういう表現をされたのだと思いますが、買収防衛策を導入していても、アクティビストがやってきて「配当可能利益を全額出せという株主提案をします」と言われたら、防ぐことはできません。買収防衛策はあくまで「当社株式の20%以上を取得する場合は、時間と情報を提供してください。ルールを破ったら防衛策を発動します」という内容です。おそらく貝沼社長は「買収防衛策なしに、アクティビストが20%以上の株式を大量に取得して突拍子もない株主提案をしてきたら」という趣旨で発言されたのだと思います。

「企業価値を毀損するような相手には対抗すべきだし、その対抗手段としての買収防衛策を持っておくことの何が悪いのか私には理解できませんね」 まったくそのとおりです。ISSや機関投資家は、私も勉強不足だと思います。まず、買収防衛策については、ちゃんと読んでいないと思います。ちゃんと読んだら、日本の買収防衛策では買収提案を完全にシャットアウトすることなどできないということがわかるはずです。買収防衛策=経営者の保身、と単純に考えてしまうのでしょう。

それと仕事をさぼっています。買収防衛策って読むのが面倒なんですよ。長くてわかりにくいし。読むのがイヤだから「買収防衛策には反対!」と言っておけばラクなんです。読まなくても反対できますからね。ISSと機関投資家の手抜きです。

実際には、企業に持ち合いなんかされるよりも、買収防衛策を導入させてあげたほうが、投資家にとってもよいのです。「買収防衛策を導入しても構わない。ただし、持ち合いはやめなさい」というスタンスを取った方がよっぽどよいのです。日本の経営者は保身のために買収防衛策を利用することはありません。買収防衛策のルールにより検討期間を確保することはありますが、それは保身ではありません。そもそも友好的なM&Aですら、相当長い検討期間が必要なのですから、敵対的となればもっと時間はかかります。その意味では投資家の目線は短期的過ぎます。半年程度で敵対的TOBに対する態度を決められることのほうが不思議です。

 お二人に共通してお願いしたいことは、どうか買収防衛策と言わないでいただきたい、ということです。このように信念をもって買収防衛策を継続する経営トップには敬服いたします。買収防衛策の設計や導入は主にCFOの仕事です。経営トップがきちんと買収防衛策を理解して継続するということは非常に重要です。ただし、贅沢を申し上げれば、お二人には「そもそも買収を防衛する施策など導入しているつもりはない」と明言していただきたかった。

 では、セイコーエプソンとミネベアミツミの株主構成、総会議案の賛成率を見てみましょう!まずセイコーエプソンです。

 セイコーエプソンの外部から見た安定株主比率は法人株主13.69%、第一生命2.15%、従業員持株会1.89%、退給信みずほ銀行口2.04%、個人の上位株主2.98%と2.80%の合計25.55%です。セイコーエプソンの時価総額は約1兆円ですので、時価総額を考えるとかなり高い水準です。今年の株主総会の第4号議案は買収防衛策継続の件ですが、賛成率は72.28%です。他の議案の賛成率と比べれば低いですが、70%以上も取れれば大したもんです。気になるのは、大株主の状況第10位に登場する株主、いちごトラストです。名前は少し変わりましたが、かつてのいちごアセットでしょう。覚えていらっしゃいますか?たまに話題としてあげていますが。東京鋼鐵の株式を保有し、大阪製鉄との経営統合議案に対してプロキシーファイトを実施し、否決に追い込んだ投資家です。今ではおとなしいかもしれませんが、油断はできません。

 では、ミネベアミツミを見てみましょう。

ミネベアミツミの外部から見た安定株主比率は法人株主7.44%、三井住友信託銀行3.61%、三井住友銀行2.39%、三菱東京UFJ銀行2.38%の合計15.82%です。ミネベアミツミの時価総額は約8,100億円ですのでこれくらいの水準にならざるを得ないでしょう。ただし、一般的に見るとかなり低いです。そのため今年の株主総会の第4号議案 買収防衛策継続の賛成率は55.41%と危ない水準でした。外国人株主比率が高く、安定株主比率が低い状況でよく買収防衛策を継続したなあというのが率直な感想です。

セイコーエプソンの株主構成と安定株主比率であれば、どんなに堅めの票読みをするIRアドバイザーでも「買収防衛策継続議案は大丈夫です」と言うでしょう。しかしミネベアミツミは外国人株主比率が高く、安定株主比率が低い。加えて、個人株主比率も低いので、否決されても不思議はない状態でした。こういう状態にもかかわらず買収防衛策を継続したのは、まさに経営トップの信念と言えるでしょう。

そりゃそうと、ミネベアさんって、三協精機の株式を買おうとしていませんでしたっけ?1980年代と記憶していますが。清水一行の「敵対的買収」のモデルでしたでしょうか?三協精機を買収しようとしたけど、逆にミネベア自身が別のところから買収されそうになったという経緯だったように記憶しています。買おうともしたし、買われそうにもなったから買収防衛策の必要性について十分認識しているということでしょうか。

セイコーエプソンとミネベアミツミは買収防衛策を今後も継続するのでしょう。もちろん、セイコーエプソンやミネベアミツミ以外にも風潮に流されずに買収防衛策を継続する企業はいらっしゃるでしょう。私はいずれこの風潮は是正されると思っています。「機関投資家やISSにやめろと言われたからやめるのはいかがなものか?」という風潮になってくると思っています。また、いずれ、買収防衛策を廃止した企業が買収防衛策を復活させるのではないかと私は考えます。なぜかと言うと、買収ターゲットになるリスクを本気で考え直すからです。本気で考え直さないといけない時代に突入したからです。機関投資家が反対しているからやめる?おかしいですよ。「敵対的TOBであっても、株主にとってメリットのある提案なら経営者は応じるべきだ!」と言う株主がいます。たかだか市場株価に30%程度のプレミアムがのった買収価格に応じてしまう株主の言い分なんて聞く必要はありません。日本企業の株価は安いんです。市場価格の倍を提示したとしても、PBR2倍を超える会社も少ないかもしれません。プレミアムをつけたところで、安く買い叩かれるということです。それでも株主は「TOBだ!30%もプレミアムがついてる!」と喜んで応募しようとします。株価が割安になっている状態は、当然経営者に責任はありますが、それだけでは説明できない場面だってあります。そういう株価に織り込まれていない材料を織り込ませる役割を買収防衛策が担っているのです。時間と情報を確保することは経営者だけではなく、30%程度のプレミアムで喜んでしまうレベルの低い株主にとっても本当に必要なことなのです。

10年前に終わったと思っていた敵対的買収時代は再度やってきました。今回は10年前と違います。成功してしまいました。この時代は終わることはなく続きます。日本企業は必ずもう一度買収防衛策を導入し直すはずです。

 

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