2019年10月18日

No.690 (無料公開)日経ビジネスのおもしろい記事~敵対的TOBの「敵」って誰?~

2019年10月16日の日経ビジネス電子版に敵対的TOBの「敵」って誰?という記事がありました。

ユニゾに対しては旅行大手のエイチ・アイ・エス(HIS)も敵対的TOBを仕掛けた。今春、伊藤忠商事によるデサントへの敵対的TOBが成立したのも記憶に新しい。敵対的TOBという文化が日本には根付いていないこともあって、一般的には仕掛けた側が「無理やり物騒なことを始めた」と捉えられがち。しかしHISや伊藤忠は誰にとって「敵」だったのか。

おもしろいです。敵対的TOBの「敵」とは誰にとっての敵なのでしょうか?誰にとっての敵かを考える前に、会社のステークホルダーを整理しておく必要があります。会社のステークホルダーには、顧客、仕入先、従業員、銀行などの金融機関、地域社会、国、株主などがあります。では、買収者が株価1,000円の対象会社に2,000円でTOBを仕掛けられた場合、このTOBを仕掛けた買収者は株主にとって敵でしょうか?一見、敵ではないように思えますね。しかし、対象会社のBPSが3,000円だったとしたら?これは株主にとっても敵対的です。この買収者は不当に安く株主から株式を取得しようとしていますから。では、買収者がTOB価格を3,500円に引き上げたら、株主にとって敵対的ではなくなるのでしょうか?まだわかりません。会社はBPSだけで評価されるものではありませんし、会社の将来的な利益成長によっては3,500円であっても安いかもしれません。

では、この買収者が実は買収後に対象会社の本社勤務従業員のリストラを考えている可能性があったとしたら?工場勤務の従業員にとっては敵対的ではありませんが、本社勤務の従業員にとっては敵対的です。

では、買収者が対象会社の同業だったら?取引先が巨大化しバイイングパワーが増す場合、取引先にとって悪影響が出るかもしれません。顧客や仕入先にとっては敵対的かもしれません。

では、買収者のメインバンクが対象会社のメインバンクと異なる場合は?買収後、対象会社のメインバンクが変更になるかもしれませんから、対象会社のメインバンクにとっては敵対的です。

では、買収者が対象会社の一部工場を閉鎖することを考えていた場合は?工場勤務の従業員にとっては敵対的ですし、工場が位置する地域社会にとっても雇用がなくなりますから敵対的です。

では、買収者が外国企業で対象会社が国の安全保障に関係する事業を行っている場合は?国にとって敵対的です。ただし、国は外資規制によって対象会社を守ることができます。ヘンですね。国は安全保障のための防衛手段を持ち、かつ、最近はその防衛手段を強化しようとしているのに、なぜ日本企業はこれだけ敵対的買収が増えているにもかかわらず自衛手段である買収防衛策を自ら捨てているのでしょうか・・・。

記事では、

会社が株主のものならば、その株主が大喜びなのになぜ「敵対的TOB」と呼ばれてしまうのか。その実態はTOBを受けた会社にとって「敵」というだけだ。もう少し丁寧に言うと、TOBへの反対表明は取締役会で決議される。つまりTOBを受けた会社の取締役会が「敵」と見なしたわけだ。しかしここでやや疑問も生じる。M&A関係者は口をそろえて「株式会社の取締役は株主を代表する存在であり、株主価値を最大にする役目を担う」という。ならば株主が喜んでいるのに取締役会がTOBに反対するのは理屈にかなっていないのではないだろうか。

と書いています。会社が株主のものならば、確かに株主が喜ぶ条件のTOBであれば取締役は株主のために他の条件を勘案せずにTOBに賛成しなくてはならないでしょう。しかし会社は株主だけのものではなく、株主が会社から配当や株価向上という恩恵を受けられるのは他のステークホルダーの貢献であることを考えると、会社は株主以外のステークホルダーにとっての存在でもある訳です。大切なステークホルダーである従業員にとって不利な買収提案の場合、つまり従業員にとって敵対的である場合、取締役は買収者に対してNoを突きつけなくてはならないですし、場合によっては従業員組合が「買収提案には反対するし、買収者の経営の元では働かない!」と宣言する場面もあります。

話は少し変わりますが、一旦開始されたTOBは、従業員からそのような声明がなされたとしても中止することはできません。TOBを撤回できる条件は、https://www.dir.co.jp/report/research/law-research/securities/06121402securities.pdfの通り限られています。

TOBが成立し、買収者が経営権を取ったとしても、従業員組合が反対して働かなかったら、その会社の価値はゼロです。買収者にとってもデメリットがあるのです。既存のTOBルールの枠組みでは、本当に会社が株主以外のステークホルダーにとって敵対的だと認識した買収が成功してしまった場合、株主だけがTOBに応募して売却益を得ることができるけど、買収者を含めたステークホルダー全員が不幸になることもあり得ます。そのような買収者を含めた全ステークホルダーを不幸にせず、全ステークホルダーの利益調整をするために時間と情報を確保するのが買収防衛策と呼ばれてしまっている事前警告型ルールなのです。

以下、記事の細かい部分についてコメントします。

そもそも最初のTOB発表時点で敵対的TOBというものは存在しない。被買収会社の取締役会が「TOBに反対」と表明した時点で、ただのTOBが敵対的TOBに発展することになる。伊藤忠とHISのTOBに対して、デサントとユニゾはそれぞれ反対意見を出したため、敵対的TOBと呼ばれるようになった。

まあ、これはいろいろな意見があるとは思うのですが、敵対的TOBがまだほとんど起きていない日本において、対象会社の取締役会に事前相談なく実施されたTOBは基本的に敵対的TOBと呼んでいいと思うんですよね。だって、基本、全部反対しているじゃないですか?突然TOBが仕掛けられた時点で敵対的TOBと呼称し、それが友好的に変わったら友好的になったと報道すればいいと思いますよ。

和を重んじがちな日本の企業は敵対的買収によるレピュテーション(評判)リスクを気にするため、欧米と比べて格段に敵対的TOBは少ないのが実態だ。そして実際、これまでに成立した事例は伊藤忠・デサントなどごくわずかしかない。

これまでは和を重んじてきた日本企業ですが、これからは違います。

伊藤忠やHISに対して「こんな野蛮なことをするのはけしからん」という意見が世の中で聞かれたのは事実。

本当ですか?まあ、そういうふうにけしからんと言った個人もいたのかもしれませんが、日経はそういう論調で報道をしていません。敵対的TOBが実施されたときに、マスコミ対策において最も重視しなければならないのは日経です。その日経が「野蛮だ!」と報じていないのだから、誰も野蛮だとは思っていないでしょう。もう日本で敵対的TOBを野蛮だと言うのは、一部のアタマの固いおじいちゃんだけだと思います。

例えばユニゾは今回、従業員の処遇が確保されていないことを反対の理由にしているが、ある法務弁護士は「ユニゾが、このまま反対姿勢を続けTOBが成立しなければ、ユニゾ株主は高値で売却する機会を与えてくれなかったことを理由にユニゾ取締役に対して株主代表訴訟を起こす可能性がある」と指摘する。

その可能性はあるでしょうね。でも、訴訟を起こされても、ユニゾが負けますかね?負けないんじゃないですかね?(弁護士じゃないので感覚で言っているだけです) だって、市場で売ろうと思えば売れたでしょ?このコラムを書いている時点でのユニゾの株価は4,940円です。これまでにけっこう出来高もありました。市場で売れば、5,000円ではないけれども、4,940円では売れた訳です。

TOBの事例が日本よりもはるかに多い米国を見てみよう。今回のようにどんどん高値で新しいTOBが提示された場合、取締役会は最初反対意見だったとしても最終的に賛成に転じることが多い。米国では1986年の化粧品会社レブロンの買収合戦を機に、高い買収価格を提示した買い手に会社を売るのを義務付ける「レブロン基準」が定着しているからだ。

ここで興味深いのは、仮に社長など執行側が「この相手には買収されたくない」と言っても、取締役会は好条件のTOBには賛成するところだ。経営する側(執行側)と監督する側(取締役)の分離がきっちりと行われているため、執行側がどれだけ嫌だと言っても取締役会は好条件のTOBには応じる判断を下すのが一般的という。

逆に執行側も好条件のTOBならばそこまで抵抗することも少ないという。社長など執行側の人間は株に絡めた多くのインセンティブを付与されているのが通常であり、高値のTOBであれば個人的な利益も多く得られるはずだからだ。またプロ経営者が多い米国では、次の転職先も比較的容易に見つけられる。そのため「個人的な思いがどうであれ、取締役会の決定には粛々と従うのが米国の執行の在り方」(外資系M&Aアドバイザー)だ。

レブロン基準が日本でも適用されるのかは私にはわかりませんが、そもそも米国企業の取締役や執行役は自社の株式やストックオプションをたくさん持っているのではありませんか?記事でも「社長などの執行側の人間は株に絡めた多くのインセンティブを付与されているのが通常」って書いています。だったら、米国企業の取締役や執行役は、経営者としての立場で敵対的TOBを検討しているのではなく、株主という立場で検討しているのではないですしょうか?だから米国企業の取締役会は敵対的TOBにおいてTOB価格しか検討しないのではないでしょうか?それって本当にいいことなんでしょうか?従業員や取引先、地域社会、国のことまで考えている日本の経営者の方が素晴らしい経営をしていると言えると思うのです。米国企業は自分の利益を考えて買収者と交渉しているということですから。

なお、この記事で一番重要なポイントはこれ↓です。

ブラックストーンとユニゾの例を見るまでもなく、最近、敵対的TOBという言葉を聞く機会が増えてきた。

ここなんですよ、重要なのは。最近、敵対的TOBという言葉を聞く機会が明らかに増えているのです。余談ですが、コラムのネタにも困らなくなっています。でも、おそらく皆さんは「エイチ・アイ・エスはオーナー系企業だし、伊藤忠も岡藤さんの独裁色が強いよね?普通の日本企業が敵対的TOBを選択するのはまだまだ先、もしくは、選択しないんじゃないの?」と思っているのではないでしょうか?確かにそうかもしれません。でも、株主利益を最大限重視している欧米企業の経営者はどうでしょうか?日本で敵対的TOBが起きるような時代になり、野蛮だと批判するマスコミもいないとなったら、容赦なく仕掛けてくる可能性があります。「うちには欧米企業は興味を示さないよ!」 日本企業も欧米企業も関心を示さない会社ということは魅力がないということですので、早急にそのような会社の経営者は企業価値のことを真剣に考え直すべきでしょう。ちなみに、日本企業・欧米企業が関心を示さない会社は株価が割安に放置されていますから、いずれアクティビスト・ファンドが関心を示すと思います。

別のコラムで書いたと思いますが、国は安全保障のための防衛手段を持ち、そして強化する動きが出てきています。にもかかわらず、日本企業は時間と情報を確保することが目的の買収防衛策を自ら放棄しています。私は何が何でも守るために買収防衛策を導入すべきと言っている訳ではなく、会社には株主以外にもたくさんのステークホルダーがいて、敵対的TOBを仕掛けられたら株主はもちろんのことそれ以外のステークホルダーのことを考えるためにも時間と情報が必要だと言っています。もちろんTOBは株主に対してなされる提案ですから、最終的に応じるかどうかを決めるのは株主です。だから応募してほしくないなら株主が納得する代替案を提示しなくてはなりません。でも会社は株主だけのものではなく、株主利益を実現させるために他のステークホルダーが貢献しているのですから、他のステークホルダーのこともちゃんと考えて敵対的TOBに対応しなくてはならないのです。

 

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