2019年11月29日

No.718 (無料公開)大機小機「歌を忘れた経営者」

2019年11月22日(金)の日経17面大機小機歌を忘れた経営者は非常に興味深い内容だったと思います。

米国の経営者団体「ビジネス・ラウンドテーブル」が8月に「Statement on the Purpose of a Corporation(企業の目的に関する声明)」という文章を発表し、企業は「顧客への価値の提供」「従業員への投資」「取引先への公正で倫理的な対応」「地域支援」「株主のための長期的な価値創造」の5点について努力するとした。

これ、日本の経営者にしてみれば「こんなことは当たり前のことだ」でしょうね。「我々は常にこれをやってきた」でもあるでしょう。確かにそうです。ただし日本の経営者は「顧客への価値の提供」「従業員への投資」「取引先への公正で倫理的な対応」「地域支援」をやってはきましたが、「株主のための長期的な価値創造」はやっていないと思います。「そんなことはない。株主のことも考えて中長期的な価値創造をやってきた!」とおっしゃるかもしれませんが、日本の経営者がやってきたのは、あくまで顧客の観点から見た製品の付加価値創造といったことだと思います。顧客目線での製品開発や価値創造を行うことで、結果的に株主のための中長期的な価値創造につながっているということです。株主目線での価値創造をしてきた会社は少ないと思います。ま、そもそも「株主のためにがんばるぞー!」って常に考えている経営者がいたらお会いしたいもんですが・・・。

今回の声明をもって「ようやく米国の経営者も日本型経営の良さを理解した」とか「我が国にはもともと近江商人の三方良しの精神がある」と、現状の肯定材料にしたがる経営者もいるようだ。

いらっしゃるでしょうね。私は日本型経営というものが具体的にどういう経営なのか正確に理解していませんし、そもそも近江商人が言う三方は「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」であって、そこには株主がいません。会社を設立した創業者は自身が株主であったり、銀行が出資金を手当てしてくれたりすることから、自身以外の純粋な出資者がいません。株主を利する施策はまさに自身を利する施策なので、日本人はあまりやりたがりません。それに加えて、上場後に市場で買った株主に対しては「昨日今日買ったばかりの株主が会社に何を言うか!」「うちの会社のことなど知らないくせに!」「しょせん、株価が上がったら売り抜けるだけだろうが!」という目で見ています。だから、これまで日本の経営者は株主を重視してきませんでした。

ラウンドテーブルの声明は米国経済界が「行き過ぎた資本主義の修正」を語るものであって、株主価値最大化の使命を忘れたものではない。それが証拠に、米国の上場企業では今でも決算説明の第一声は1株当たり純利益(EPS)だ。この声明は、そもそも「(富の創出という)歌」を忘れた「カナリア(経営者)」に現状肯定の論拠を与えるものでは決してないのである。

重要なのはここです。米国経済界が指摘したのは「行き過ぎた」資本主義の修正です。日本の上場会社はまだ行き過ぎた資本主義など経験していません。現に、6月総会でまともな上場会社に対してなされた株主提案が初めて可決されました。LIXILですね。ほぼ初めてなのです。敵対的TOBがやっと起き始めました。でも1年で起きたのは3件だけで、うち1件は非上場会社に対する買収提案です。

私はそもそも株主目線での経営や「株主のための長期的な価値創造」などを意識する必要はないと考えます。経営者が「どうやったら株主に報いることができるだろうか?」なんて考える必要はないと思うのです。顧客や従業員のことを第一に考え、顧客のために新製品やサービスを開発し、売上増につなげる。従業員にやる気を出してもらって業績アップのためにがんばってもらう。そもそも株主って最初に資金提供をするだけで、日々の経営には関与していませんから、「株主のために!」というマインドに経営者がなるわけがないと思うのです。でも大事なことは「最初に資金を株主が出してくれなかったらこの会社は存在しない」という感謝の念を持ち続けることではないでしょうか?創業時に出資してくれた株主はもういないけど、その株主が今の株主に代わっただけであり、株主が重要なステークホルダーであることに間違いありません。それがアクティビストであれデイトレーダーであれ、です。リスクをとって資金を提供してくれている株主に対しては、ちゃんと得た利益を配分する必要があります。過去積み上げた内部留保に関しても、取引先や従業員への配分も考慮した上で吐き出さなくてはならない場面も出てくると思います。そうやって全ステークホルダーの利益配分をちゃんと考えて実行している経営者こそがよい経営者であり、株主からも評価されて株価アップにつながるのではないでしょうか?

唄を忘れたカナリヤは

後ろの山に捨てましょか

いえいえ それはなりませぬ

唄を忘れたカナリヤは

背戸の小藪に埋けましょか

いえいえ それはなりませぬ

唄を忘れたカナリヤは

柳の鞭でぶちましょか

いえいえ それはかわいそう

唄を忘れたカナリヤは

象牙の船に銀の櫂

月夜の海に浮べれば

忘れた唄をおもいだす

月夜の海に浮かべられないよう、株主にはきちんと報いなくてはなりません。そうしないと貴社は投資家から相手にされなくなり、株価は割安のまま放置され、アクティビストに鞭を打たれます。

 

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以下、東レの日覺さんのインタビュー記事です。朝日新聞に掲載されているようです。書いてある内容について、私もおおむね賛成なのですが、1点気になるところがあります。

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