2016年12月23日

No.38 パナソニックが買収防衛策を廃止

2016年12月23日(金)の日経に記事が出ています。パナソニックは2016年12月22日に、2005年から続けてきた買収防衛策を2017年3月末で廃止することを発表しました。廃止する主な理由は「国内外の機関投資家をはじめとする株主の皆様のご意見や、買収防衛策を巡る近時の動向、およびコーポレートガバナンス・コードの浸透など、外部の環境変化を注視しつつ、本プランが及ぼしうる影響等を慎重に検討した結果、2016年度末をもって本プランを継続せず廃止することといたしました」だそうです。(詳細はhttp://news.panasonic.com/jp/press/data/2016/12/jn161222-3/jn161222-3-1.pdf)。

 ただし「当社は、引き続き、当社の企業価値ひいては株主全体の利益の向上に向けた取り組みを進めるとともに、当社株式の大規模買付を行おうとする者に対しては、大規模買付行為等の是非を、株主の皆様が適切に判断するために必要かつ十分な情報の提供を求め、あわせて取締役会の意見等を開示し、株主の皆様の検討のための時間の確保に努める等、金融商品取引法、会社法その他関係法令に基づき、適切な措置を講じてまいります。」だそうです。

 まず、廃止理由のほうですが、「国内外の機関投資家をはじめとする株主の皆様のご意見」とありますが、これは、2005年当時から変わっていません。2005年から国内外の機関投資家は「買収防衛策には基本反対」です。おそらく買収防衛策を廃止している企業が増えていることや社長の賛成率が低下したことが廃止の本音ではないかと考えます。記事にもあるとおり、津賀社長の今年の選任議案の賛成率は66.7%と低下しました。「もしかしたら否決されるリスクがあるのではないか?」と考えてしまったのではないでしょうか。パナソニックは買収防衛策を株主総会にかけていないので、ISSは社長の選任議案に対して反対推奨をしていると考えられ、そのために賛成率が低くなった可能性があります。

 パナソニックの最近10年間の株価推移です。10年前と比べてどうでしょうか?株価、下がっていますね。ということは、株価面からは買収リスクは上昇していることになります。では、株主構成はどうでしょうか?以下は、2016年3月末の株主構成と大株主の状況です。法人株主比率は6.96%。日本生命が2.81%、従業員持株会が1.76%、住友生命が1.52%持っていますので、合計13.05%がパナソニックの外部から見た安定株主比率です。

 では、買収防衛策を導入する直前の2005年3月末はどうだったのでしょうか。2005年3月末の有価証券報告書がインターネットでは見つからないので、2006年3月末の株主構成と大株主の状況を掲載します。

 法人株主4.7%、日本生命2.73%、三井住友銀行2.66%、住友生命2.04%、三井住友海上1.43%、従業員持株会1.41%を合計すると14.97%です。外部から見た安定株主比率は2016/3期末において減少しています。法人株主比率は上昇していますが、金融機関が持分を減らしたことが影響していると考えられます。そもそも安定株主比率が高くありません。

 株価や株主構成の面からは買収リスクが高まっているにも関わらず買収防衛策を廃止したということです。これはパナソニックに限ったことではなく、廃止した会社の多くはこのような状況で廃止していると考えられます。買収リスクが上昇しているのに、なぜ買収防衛策を廃止するのか?

 理由はいくつかあります。パナソニックが言っているとおり、おそらく機関投資家による反対でしょう。それと、コーポレートガバナンス・コードの制定。買収防衛策が時代遅れ、時代に逆行していると見なされている、と経営陣が感じているのではないでしょうか。また、社外取締役が反対している、という点もあるかもしれません。社外取締役が反対しているというより、反対している社外取締役を説得できないという表現が正しいのかもしれません。

 でも、一番の理由は、「信念がなかった」もしくは「信念を忘れてしまった」ではないかと考えています。2005年から2008年くらいまでの間に買収防衛策を導入する企業が急増しました。そこで、「うちも入れておいたほうがいいんじゃないか?」と経営陣が考え、導入した。そのため、今度は廃止する企業が増えてくると、「うちも廃止したほうがいいんじゃないか」と経営陣が考え、廃止した、ということです。これは、そもそも買収防衛策を導入する際に「自社の買収リスクは何か?」「買収防衛策を導入することによって何ができるのか」を深く考えなかったのではないでしょうか。

 もう一つの「信念を忘れてしまった」とは、買収防衛策導入当時は経営陣が「やはり買収防衛策を導入しておかないと、いざというときに会社が混乱するし、経営陣が本業に専念できないリスクがある」と真剣に考えた結果、買収防衛策を導入した。しかし、導入から時間が経ち、経営陣が入れ替わり、事務局も入れ替わってしまい、「なぜ買収防衛策を導入したのか」を忘れてしまったということです。引き継ぎがうまくいかなかったのでしょう。外部のアドバイザーの意見も変わってしまったのかもしれませんね。

 機関投資家は買収防衛策には反対します。なぜならTOBが実施されても、買収防衛策によって高い値段で株式を売却する機会を失ってしまうリスクがあるのではないかと考えるためです。私は、保身のために買収防衛策を利用する日本の経営者は少ないと考えています。性善説にたっています。中には保身のために利用する経営者もいるかもしれませんが、買収防衛策によって完全に防衛することは不可能です。そもそも、一部の機関投資家の反対意見によって買収防衛策を廃止してしまうのですから、買収防衛策で完全防衛する経営者も少ないでしょう。

 買収防衛策の導入・継続については、真剣に検討する必要があります。貴社の「企業価値の源泉」はなんでしょうか?そこからのスタートです。導入・継続を決定する前の議論を十分に尽くすことが重要です。当然、買収防衛策についての深い知見をもったプロの意見も必要になってきます。社内メンバーだけの議論では限界があります。そして、買収防衛策を導入・継続すると真剣に決めたのであれば、機関投資家が反対したとしても十分かつ真剣に説明し、納得してもらうことです。カプコンは一度否決されたのに翌年再度株主総会にかけて可決しています。株主の意見を聞くことは重要ですが、株主の言いなりになる必要などどこにもありません。真剣に検討した結果であれば、株主も「この経営陣であれば保身に使ったりせず、株主の利益を考えて買収防衛策を有効利用してくれるだろう」と考えてくれるはずです。そう考えない株主には「どうぞ株式を売却してください」とお伝えして構わないと思います。

 パナソニックが買収防衛策を廃止したのは、もったいないなと考えます。せっかく取締役会決議で長年にわたって導入し続けていたのに、機関投資家の意見を反映して廃止したのであれば、非常にもったいないと。

現時点で買収防衛策の導入を真剣に検討していらっしゃる企業もいると思います。今回のパナソニックの廃止により、「パナソニックも廃止したのだから」などと考える必要はありません。結果的に導入しないと決めるのは問題ありませんが、導入するかどうかの議論をやめってしまってはダメです。議論は継続させることが重要です。なぜなら、買収防衛策の導入の検討=企業価値・株主価値の向上策の検討、ですので。

買収防衛策を廃止する企業が増えている、だから導入はやめておこう、だからうちも廃止しよう、ではありません。カプコンは否決されても再チャレンジしました。そして可決されました。「社長の選任議案に反対されたら本末転倒だ」ではありません。それこそ信念がありません。「当社には買収防衛策が必要である。なぜなら・・・。我々は買収防衛策を保身に使わないと宣言する」をきちんと真剣に説明できるかどうかが重要です。また、買収防衛策を保身に使わないための仕組みづくりも合わせて検討することも必要です。

パナソニックは、冒頭に書きましたが、「当社は、引き続き、当社の企業価値ひいては株主全体の利益の向上に向けた取り組みを進めるとともに、当社株式の大規模買付を行おうとする者に対しては、大規模買付行為等の是非を、株主の皆様が適切に判断するために必要かつ十分な情報の提供を求め、あわせて取締役会の意見等を開示し、株主の皆様の検討のための時間の確保に努める等、金融商品取引法、会社法その他関係法令に基づき、適切な措置を講じてまいります。」と言っています。買収防衛策はないけれど、買収者に対して情報提供を求める、時間の確保を求める、ということです。TOBルールの枠内でということでしょうが、TOBルール上、質問権は1回です。ちなみに、時間の確保もTOBルール上ですので、最短30営業日です。「情報が足りない」「時間が足りない」と言っても、買収者は言うことを聞いてくれないでしょう。武器がありません。まだ最終回とその前の回を見ていませんが、真田丸を取り壊され、堀を埋められた大阪城です。武器がなければ戦うことはできません。

 

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