2024年10月29日

No.1892 (無料公開)有事に備えて平時に有事型買収防衛策の準備?それいった信託銀行にいくら払うんですか?そしてそれ、効果あるんですか?

今回のコラムは無料です。多くの上場会社に読んでいただきたいからです。また、今回のコラムについて投資家のお客様にも「買収防衛策の良し悪し、好き嫌いはおいといて読んでいただきたい」と思っています。私は「上場会社がアドバイザーにお金を払って企業防衛体制を構築するなら、せめて意味のあるお金の使い方を考えてください。有事型買収防衛策のプレスを平時に準備するなどという全く意味のないアドバイスにお金を払うのはやめましょう。自分のお金だったら本当にそんなアドバイスに使いますか?冷静にサービス内容を見極めてください」と考えて本日の無料コラムを書いています。平たく言えば「もうこれ以上、アドバイザーに踊らされるのはやめましょうよ」ということです。

以下の記事をご覧ください。この記事が出る前から当社のお客様も「信託銀行が『平時に有事型を準備しておきましょう』っていうよくわからない営業をしてくるんですけど、鈴木さん、意味わかる?」とおっしゃっていました。以下の記事、私は徹底的に批判します。

同意なき買収、信託銀行が防衛指南 みずほや三菱UFJ

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB24DHH0U4A021C2000000/

アクティビスト(物言う株主)らによる「同意なき買収」に備える企業向けに、信託銀行が支援に乗り出している。買収者や株の大規模買い付け者が現れてから導入する有事型の対応方針について、みずほ信託銀行が応じた相談件数は2024年6月までの1年間で前年の3倍になった。三菱UFJ信託銀行が請け負う株主判明調査は年1000件を超えた。株式実務を担う信託銀行は独自の買収防衛ノウハウを持ち、引き合いは強い。

『株式実務を担う信託銀行は独自の買収防衛ノウハウを持ち』 どんな?有事型のことを言っているの?有事型って2007年にはもう発動済みだし、信託銀行が開発なんてしていませんよ。弁護士でしょ?そもそも平時型を考案した長島・大野の藤縄先生が有事型についても言及しており、日本の買収防衛策の基礎はすべて藤縄先生が作ったはずです。そして信託銀行が開発した買収防衛策とか買収防衛ノウハウなんてあるの?有事対応なんてめったにしてなくない?

そもそも平時に有事型買収防衛策の準備って何をアドバイスするんや?と思いませんか?これ、信託銀行が上場会社にどういうサービスを提供するのかと言うと、ようはこの記事の後半で出てきますけど「有事に備えて平時に有事型買収防衛策のプレスリリースを準備しておきましょう」というサービスを提供するんですよ。いざ買収者が登場した有事に、スムーズに有事型買収防衛策の導入・発動ができるよう、平時にそのプレスリリースを準備しておきましょうというサービスです。

いくらかかるか知っていますか?ここで私が申し上げるのはやめておきますが、平時型買収防衛策の導入サービスより高いですね。笑います。そんなの準有事頃になってから弁護士に頼めばすぐ作ってくれますよ。どっかの有事型のプレスをマネするだけなんですから。どういう買収者が来るかもわからないのに、いわばオーダーメードの有事型買収防衛策を平時に準備するってそもそもおかしいんですけどね。まあ信託銀行得意の「買収者のパターン別有事型買収防衛策のプレス集」かもしれません。

記事にはこうも書いてあります。理解が間違っていますねえ・・・。

買収防衛策として主流なのは事前警告型と呼ぶ対応方針だ。買収者が守るべきルールを事前に決め、守られなかった場合に対抗措置に動くと警告する。事前警告型は対象者を限定しないため、良い買収提案であっても経営者の保身で拒絶しうる点が問題視され、機関投資家の目線は厳しくなっている。

平時型買収防衛策というのは、20%以上の株式を取得する=買収提案をする場合、買収提案の中身を検討するための情報と時間をください、濫用的な買収者だったり株主総会で認められたりした場合は買収防衛策を発動することがありますよ、という内容です。別に良い買収提案であっても拒否できるかと言えばできますが、発動できるかと言えば、発動するかどうかは株主総会決議で決めますので、株主に発動議案を否決されたら終わりです。つまり、平時型だろうが有事になった時に株主総会を開きますから、有事型と同じです。逆に言えば、有事型買収防衛策にも「良い買収提案であっても経営者の保身で拒絶しうる問題点」は存在します。全株買収だったアスリードの買収提案に富士興産は有事型で対抗したでしょ?まっとうな買収者であるSBIに対して当初新生銀行は有事型で対抗しようとしたでしょ?有事型も経営者の保身で利用できますよ。

機関投資家が平時型を嫌がる理由はこれじゃないんですよ。平時型を嫌がる理由は「平時型があることで買収提案が起きにくくなるかもしれないから。サメ除けが効果を発揮して買収者というサメが寄ってこないかもしれないから」です。つまり機関投資家は平時型があると買収提案が起きる可能性が低くなるから平時型をやめろと言っています。これが正確な理由です。

繰り返しますが、良い買収提案であっても、有事型を導入して対抗できますよ。むしろ平時型より有事型の方が「買収防衛」の要素は強いです。だって実際の買収提案が起きてから導入するのが有事型なのですから、その目的は「買収の阻止」にほかなりません。有事型はまさに買収防衛策なんですよ。みんな誤解していますけどね。

代わって企業が関心を寄せるのが有事導入型だ。対象となる買収者を特定し、一旦買い付けを制止させ、対抗措置の発動に向けて株主総会で株主意思を確認する。20年に旧村上ファンド系のTOB(株式公開買い付け)に対し、東芝機械(現芝浦機械)が採用したのが先駆けで、過去に10以上の企業が導入した。

ほう。では有事型導入企業がどうなったか1社1社検証しましょうか?以下昨日ツイッターでも乗っけましたが・・・

東芝機械:これは助かった事例。旧村上ファンドは結局市場で売却。

 

日本アジアG:助からなかった。取締役会決議で発動しようとしたけど差止。

 

富士興産:アスリード相手に有事型。これは助かった事例。

 

東京ソワール:平時型でいいのに、フリージアマクロス相手に有事型を導入したケース。毎年毎年、有事型の継続議案を総会にかけてるけど、いったいいくらのアドバイザリーフィーを払ってます?平時型なら3年ごとの更新で、フィーもほとんどかからない。

 

東京機械製作所:アジアインベストメントファンドを追い払うことはできたけど、結局、読売グループの傘下になり独立性はなくなった。助かってないでしょ?

 

新生銀行:SBIの敵対的TOBに有事型で対抗しようとしたけど結局やめた。で、どうなった?SBIに買収されました。

 

三ッ星:有事型で対抗しようとしたけど、相当性の問題で差し止められたのでは?

 

ナガホリ:これ、ずーっとやってるよね?平時型を入れておいたら、そもそも狙われなかったのでは?

 

オーバル:同じく。平時型を入れてないから狙われる。

 

ジャフコ:有事型を入れたけど、結局、旧村上ファンドから大規模な自社株買いを実施。420億円も支払って旧村上ファンドに出ていってもらう。これも完全に敗北でしょ?

 

コスモ:有事型で対抗したけど、旧村上ファンドはさっさと岩谷産業に株を売却。岩谷産業はおそらくホワイトナイトではないです。だからこれも敗北ですよ。

 

東洋証券:有事型を取締役会決議で導入したからか、社長選任議案が否決されましたよね?

 

北越:オアシスと大王海運あわせて40%以上もたれている訳ですが・・・。

 

日本電界:すみません、知りませんでした。

 

有事型ってかなりのフィーがかかるんですよ。平時型の導入にかかるコストでウン百万円程度ですが、有事型ってウン億円ですよ。そして有事型は負ける可能性が高い。現に負けているケースが多いんですよ。そりゃそうなんです。会社を有事にしたら何かしらの犠牲を払わないと助からないんですから、基本的には負ける可能性が高いのです。

みなさん、まずなぜ日本の上場会社が平時型買収防衛策を廃止し始めたのかをちゃんと理解しておく必要があります。以下の企業をご覧ください。

これらの会社はかつて平時型買収防衛策を導入していましたが、廃止しました。しかし好きでやめた会社は1社もないし、「時代は有事型だぜ!」と前向きに考えて廃止した会社も1社もありません。やむなく廃止しました。なぜ廃止したかと言うと「以前は平時型買収防衛策の導入に国内機関投資家が賛成してくれていたが反対するようになったため、株主総会で買収防衛策継続議案が否決されてしまうリスクが高い。株主総会議案が否決されるなどというみっともない事態は避けなくてはならない」と考えて廃止しています。事実です。私、実際に聞いていますから。

できることなら平時型買収防衛策を継続したい、でも否決されたらみっともないから継続できない、と考えて廃止しました。例えば以下の住友金属鉱山を見てください。平時型買収防衛策を廃止した際のプレスリリースです。

https://www.smm.co.jp/news/release/uploaded_files/20220215_2.pdf

以上の観点から、当社においては、2007年2月に、当社の株式について大量取得行為が行われる場合の対応策の導入を決定し、以後かかる対応策を更新してまいりました。このような当社の事業の特殊性等を踏まえた対応策の必要性は、現在においても変わっておりません。

しかしながら、昨今我が国においては、取締役会の同意を得ずに開始される株式の大量取得行為に対しては、実際に特定の者により大量取得行為に関する提案が行われた段階で、具体的な買収者の性質や当該提案の内容、当該大量取得行為の目的・態様・条件、その他の具体的事実関係を踏まえて買収防衛策等の対応策の必要性について株主の皆様の意思を確認する事例が増加しております。このような近時の動向および機関投資家との対話状況を踏まえ、当社は、具体的な買収者が登場していない段階で、一般的な目的での買収防衛策の更新を行わないことといたしました。当社としては、実際に特定の者が出現し、当社株式の大量取得行為に関する提案等が行われた時点で、必要に応じて、適切な対応策について株主の皆様にお諮りすることが望ましいと判断しております。

住友金属鉱山は「平時型買収防衛策は必要だと思っている。でも、有事型が増えていることや機関投資家との対話を踏まえて、平時型を廃止。いざとなったら有事型で対処する」と言っています。住友金属鉱山は「平時型は必要」だと考えているけど「最近有事型が増えているし、機関投資家が平時型は反対する。うちの株主構成だと平時型を継続するのはムリだからいざとなったら有事型にします」と言っているんですよ。明確に「2007年2月に、当社の株式について大量取得行為が行われる場合の対応策の導入を決定し、以後かかる対応策を更新してまいりました。このような当社の事業の特殊性等を踏まえた対応策の必要性は、現在においても変わっておりません」って書いてありますし、プレスの前半部分では

・国内外に有望な資源を保有する当社の株式について一方的に大量取得行為が強行されるおそれは否定できません

・我が国の金融商品取引法上の公開買付規制は、原則として市場内取引には適用されないため、市場内で大量取得行為が行われる際に対象会社やその株主が買収の是非について検討するのに必要な情報や時間の確保が必ずしも保障されているわけではありません

・公開買付規制は、部分公開買付けを容認するものであることなどから、強圧的買収などの濫用的な買収を必ずしも排除できるものでもありません

とも書いてあります。住友金属鉱山は平時型買収防衛策を必要だと考えているんですよ。でもまさに「このような近時の動向および機関投資家との対話状況」を踏まえて、やむなく廃止したんですよ。ここを上場会社はちゃんと理解しておく必要があるのです。「平時型は評判が悪いらしいよ!」などというくだらない理由で廃止したのではありません。住友金属鉱山をはじめ平時型を導入していたけど廃止した時価総額の大きい企業は全社「できることなら平時型を継続したい」と考えているけど、株主総会で否決されてしまうから廃止し、いざとなったら有事型を選択するのです。

これ、逆に言えば「総会で否決される可能性が低い会社は平時型を採用したほうがよい」ということなんですよ。ここを多くのアドバイザーは説明しないんです(理解していないアドバイザーも多いはず。なぜなら平時型を作ったことがないから)。みんな「平時型は評判が悪い」「今はみんな有事型だ」とか言うのですが、評判が悪いとどうなるのか?をきちんと説明しません。

「平時型買収防衛策は評判が悪い!」 評判が悪かろうが、株主総会を通せれば何の問題もありません。つまり、機関投資家比率の低い会社は平時型買収防衛策を今の世の中でも余裕で通せますし、投資家の評判が悪い買収防衛策=買収防衛効果のある策なのですから、きちんと平時型買収防衛策を導入しておくべきなのです。上記の有事型買収防衛策で対抗した企業のうち、平時型買収防衛策をちゃんと導入しておけば、そもそも有事になどならなかった会社がいくつかあります。会社の独立性を失わなかった会社もあります。

上場会社のみなさんがやるべきことは、有事型買収防衛策のプレスを平時に準備しておきましょうという何の役にも立たない対策ではありません。できる会社は平時型買収防衛策をちゃんと導入すべきなのです。有事型買収防衛策は有事を許容するものですが、平時型買収防衛策はなるべく有事にしないようにするための策です。みなさんは会社を有事にしたいのですか?有事になったときの対応策を知りたいのですか?

そうじゃないでしょう?会社を有事にしたくないのではないですか?そのために必要な策は「有事になったら会社を何とかする策(実際には有事型だと買収される会社も多いのですが)」ではなく「会社を有事にしないための策」でしょう。つまりちゃんと平時型買収防衛策の導入を考えなさいということですよ。

みずほ信託でも「事前警告型を廃止し、有事導入型を導入するための相談が増えている」という。TOBや大規模な買い付け行為が発生した時に使用するプレスリリースを策定するほか、有事型の導入時に必要な対応を可視化する社内マニュアルの作成などを支援する。みずほ信託の有事導入型の支援件数は20年に第1号を手掛けて以降、年々増加傾向にあるという。

20年前の第一次アクティビスト時代とやっていることが変わらない。まだマニュアル策定とか言ってるの?上場会社に聞きたいのですが、2005年頃、村上ファンドやスティールパートナーズといったアクティビストの動きが活発化した際、ほとんどの会社がマニュアルを作ったはずです。私、星の数ほど対応しましたもん。で、みなさん、当時のマニュアルをまだ持っていますか?どこにあるか知っていますか?知らんでしょ?

そんなもんですよ、マニュアルなんて。有事型買収防衛策のプレスを用意したところで担当者が変わったら「なにこのプレス?」ってなるか、プレスの存在自体が忘れ去られます。

上場会社の皆さんが信託銀行に対して「なんで平時型を導入してはいけないの?」と聞いてみてください。すると「評判が悪い」とか「指針は否定的」といったことを答えると思いますよ。ではこう聞いてください。

「うちの株主構成だったら平時型買収防衛策を株主総会で通せますよね?」

それでも「評判が悪い」とか「通せるかどうかはわからない」って言ってくると思いますが、そんなアドバイザーの言うことは無視すべきです。本当にみなさんのことを考えたアドバイスではないからです。業者の金儲けに乗せられたら、本当に会社が転覆しますよ。

上場会社は平時型買収防衛策をきちんと導入すべきなのです。そしてまともな真摯な買収提案がきたときは、買収防衛策を使って情報を集め真摯に検討すればよいのです。ようは、平時型買収防衛策を濫用しなければ問題視される話ではないのですよ。

 

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