2021年12月27日

No.1217(無料公開)平時型買収防衛策を導入していると経営の緊張感がなくなるのか?

答え:なくなるわけがない。むしろ緊張感が増す。

すでにコラムでも少し触れた内容ではありますが、よく「買収防衛策を導入していると、経営の緊張感がなくなる」と指摘する方がいらっしゃいます。例えば先日の以下の日経記事をご覧ください。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC264A50W1A121C2000000/

個人投資家は信用取引などを使い、1カ月程度で数億円のニッチツ株を買い上げている。一般的な防衛策は20%を超えた買い集めを発動条件にしており、脅威が迫った状況だ。ニッチツがこうした買い集めを意識しなかったとは考えにくく、防衛策は「有事型」を採用する方が当時の状況にあっていたといえる。

市場から見れば、2つの防衛策の違いは大きい。平時型は、普及が進んだあと、経営の緊張感をそぐとの理由で批判を受け、廃止が進んできた。有事型にも正当性を欠く事例では異論も出ているが、導入を総会で諮る場合に議決権行使助言会社による賛成推奨を得ることが少なくない。

まず今回の話とは関係ないのですが、ニッチツという会社は有事型買収防衛策を採用するほうが状況にあっていると指摘していますが、どっちでもいいです。ようは会社の認識次第であり、ニッチツは有事と認識せず、さまざまな買収者からの買収提案が想定されるから、平時型を採用したのでしょう。特定株主の買い増しは「平時型買収防衛策をちゃんと導入しておいたほうがよい」と考えるきっかけに過ぎなかったということです。そして平時型だろうが有事型だろうが、仕組みは同じなので、はっきり言ってどっちを採用しようがどうでもいいです。これ、あまり論点にはなりません。

さて、上記記事で平時型買収防衛策について「平時型は、普及が進んだあと、経営の緊張感をそぐとの理由で批判を受け、廃止が進んできた。」と指摘しています。本当に平時型は経営の緊張感をそぐのでしょうか?有事型については経営の緊張感をそぐとは書いていないので、有事型は経営の緊張感をそがないという認識なのですよね?

それはヘンです。2020年の東芝機械をきっかけに、有事型で対抗する企業が増えてきました。おそらく平時型を廃止した企業も「いざとなれば有事型で対抗すればよい」と考えているでしょう。有事型買収防衛策が主流になった場合、みなさん有事になったら有事型買収防衛策で対抗するわけです。つまり「いざとなったら有事型で対抗すればいいんだから」となり経営の緊張感がなくなるはずです。だから、平時型は経営の緊張感がなくなるけど、有事型はなくならないという指摘はかなりヘンです。

なお余談ですが、平時型を廃止した理由は「経営の緊張感をそぐとの理由で批判を受け」たためではありません。国内の機関投資家も反対するようになり、株主総会で否決されるリスクが高まったからです。

ここまでは平時型が有事型に比べて経営の緊張感がなくなるわけではないという指摘をしましたが、そもそも平時型買収防衛策を導入していると、本当に経営の緊張感がなくなってしまうものなのでしょうか?ここから先は私の経験論です。平時型買収防衛策を導入している企業は常に緊張感をもって経営に当たっているというのが私の経験上の結論です。

平時型買収防衛策導入企業はおおむね3年ごとに更新期限をむかえますから、3年に一度は買収防衛策のことを考えます。ただ、実際には3年に一度しか考えないわけではなく、常に考えているといったら言い過ぎですが、月に一度は考えていると思います。最近だともっと頻度は高いかもしれませんね。これだけ頻繁に敵対的TOBが起きたり、アクティビストの買い占めが進んだりしていますから。

では、買収防衛策導入企業が買収防衛策のことばかり考えているかと言えば、そういうわけではありません。平時型買収防衛策の導入企業は、買収防衛策の限界を知っています。つまり「発動は基本的にできないと考えておいたほうがよい」と考えていました(最近の有事型の発動が多発しているので、このあたりの認識は変わっているようには思いますが)。買収防衛策の発動は基本的にはできないという前提で「確保できた情報と時間で何をするか」を考えています。ただ、有事になって確保できた情報と時間で何をできるかと言えば、ホワイトナイト探しくらいしかないのです(買収者が事業会社の場合)。そういう前提で「やっぱり有事になって情報と時間を確保できたとしても、できることは限られている。であれば平時のうちからやるべきことをやり、企業価値を高め、有事にならないようにしよう」と考えます。そう考えて、自社株買いをやったり、配当を増やしたりしている会社を私は知っています。

もちろんそんな会社ばかりではないこともわかっています。平時型買収防衛策を導入しているすべての会社が、平時に企業価値向上策を実施しているかと言えばそうではないでしょう。ただ、平時型買収防衛策を導入しているから「うちは買収提案などされない」と考えている会社は皆無であると言えます。きちんと平時から買収防衛策について議論している会社は買収防衛策の限界がわかっていますから、経営の緊張感がなくなることなどはないのです。

一方で有事型買収防衛策を採用した会社ってどうなんですかね?東芝機械は平時型買収防衛策を導入していた会社なので、買収防衛策の効果や発動の仕組みについてはある程度理解していたでしょうが、その他の会社はどうなんでしょうか?有事になってバタバタと導入したわけであり、本当に対抗措置の仕組みや効果をちゃんと理解して実行したのでしょうか?大変失礼な言い方になりますが、会社はちゃんと理解せず、アドバイザーの言いなりになっていなかったでしょうか?そして有事型を発動して買収者を追い払ったら、もう買収防衛策のことや必要性など忘れてしまうのではないですか?喉元過ぎれば熱さを忘れる、です。そういう会社はまた狙われますよ。

機関投資家のみなさんに申し上げたいことは、このまま平時型買収防衛策への反対を続けると、上場会社はみんな「どうせ説明しても反対されるのだから、もう廃止しよう。だっていざとなったら有事型で対抗すればいいんだろ?」という安易な方向に行ってしまいます。そして、買収防衛策や企業防衛について何も普段から考えなくなり、いざとなったときに有事型で対抗します。どんな買収者であれ有事型を発動しようとします。平時型買収防衛策を導入し始めた初期段階にこういう会社が多かったですね。「買収防衛策を導入しておけば大丈夫なんだろ?」と考える経営者が多かったです。でもそれではいかんのですよ。そういった安易な考えの経営者に対して我々は「いや、発動できるなんて考えてはいけませんよ。買収防衛策には限界があるんです。ちゃんと平時から企業価値向上策を検討・実行し、買収防衛策を使わないような経営をしていかないといけないのです」と啓蒙活動をしてきました。

経営者が発動ありきで考えるようになってしまうと、本当に規律が緩みます。本当に上場会社としての緊張感がなくなり「いざとなったら発動して追い払えばいいじゃん」と考えます。上場会社の経営者には「買収防衛策というものは本当に発動してはいけない。あくまで買収者との交渉ツールである。そもそも上場会社は買収防衛策を発動するような状況にならないようちゃんと企業価値向上策を実践していかないとダメだ。」というマインドになってもらわないとダメなのです。

私は有事型買収防衛策を全否定しているわけではありません。本気で経営するつもりもなく、単に高値で売り抜けるために戦略的に敵対的TOBをしかけたり、過度な株主還元を株主利益だけのために実行させることを目的に敵対的TOBをしかけたりするような買収者には有事型で対抗してもよいと思っています。ただ、まっとうな目的のストラテジック・バイヤーに対して有事型で対抗するのはいかがなものかと思っています。

平時型買収防衛策を導入・継続するメリットは、常に経営者が買収防衛策とは何なのか?買収防衛策があると何を守ることができるのか?買収防衛策の限界は?を考えることにあります。そして「平時型買収防衛策には限界がある」ことをきちんと知ってもらい、「やはり買収防衛策を導入しているだけではダメ。ちゃんと企業価値向上策を考えて実践していかなくてはならない」というマインドになってもらうことが重要なのです。有事型だとそうなりません。「いざとなったら発動すればよい」というマインドになります。

買収防衛策はやはり発動ありきで考えてはいけないのです。買収防衛策の発動は伝家の宝刀であり、抜いてはいけないのです。

 

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日経の以下の記事で「買収防衛策を廃止すれば経営陣の緊張感は増すだろう。株価にも反映されやすい。買収防衛策を継続している企業が過去1年で東証株価指数(TOPIX)を2割ほど下回ったのに対し、防衛策を廃止する企業は1割ほど上回っている」とありま ...

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