2017年10月30日

No.198 ISSがオープンコメント募集中

 10月28日(土)の日経14面に「社外取締役を3分の1以上に 米ISS要求へ」という記事がありました。

米議決権行使助言会社のインスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)は、2019年2月にも取締役会の定数の3分の1以上を社外取締役が占めるよう、企業に求める方針だ。対象は指名委員会等および監査等委員会設置会社。特に監査等委設置会社は役員の外部からの起用が増えず、ガバナンスが強化されていないという指摘があった。従来は2人以上の社外取締役を置くことを求めていた。ISSによると、3分の1を下回る監査等委設置会社は17年8月末時点で全体の53%にのぼる。ISSと同業の米グラスルイスは、独立した社外取締役を3分の1以上置くよう求めている。

 これはISSが「ISS議決権行使助言方針(ポリシー)改定に関する日本語でのオープンコメントの募集について」という内容を公表したから記事にしたのでしょう(添付PDFです)。しかし、ISSが基準を厳しくすれば監査等委員会設置会社に移行する企業が少なくなってしまうのでないでしょうか?

 記事になってはいませんが、ISSがオープコメントを募集しているものはこれだけではありません。「買収防衛策の総継続期間要件の導入」についてもコメントを募集しています。継続期間ではなく総継続期間です。これは何かというと、ISSが1段階の形式基準に、総継続期間が3年以内であること、を追加します。このポリシー改定案による新しい基準を含めた第1段階の形式基準を満たした場合に限り、第2段階の評価を行います。」という形で買収防衛策に関する賛否スタンスを厳しくしようとしています。ISSの現在の買収防衛策に対するスタンスは以下のとおりです。

 私の読み方が間違っていなければですが、おそらく買収防衛策を最初に導入してから3年以上も継続して導入している場合は反対するということではないでしょうか?現在、日本企業が導入している買収防衛策は有効期限を3年としている企業が多いですから、一度でも更新した会社については反対されるということなのではないかと考えます。ISSは改定の背景を以下のように説明しています。マークしたのは私です。

投資家の視点から買収防衛策が正当化され得るのは、企業の本質的価値を下回る金額で企業を買収しようとする買収提案者が現れた場合、取締役会が提案者と有利に交渉を行う手段として買収防衛策を用いる場合です。取締役会が株主に有利な条件を引き出す交渉手段として買収防衛策を活用し得るシナリオには、業績悪化などで企業評価が一時的に下がり、本質的価値を下回る金額で株式が取引されているときに敵対的買収に対する脆弱性が高まり、買収防衛策による一時的な保護が必要とされる場合が該当します。

買収防衛策はそのような特別な状況に対応するための、あくまでも一時的な手段です。長期にわたり継続される買収防衛策は、経営者の自己保身と解釈されかねません。日本で現在導入されている買収防衛策の88%は導入からすでに9年以上経過しています。これは多くの場合、それらの企業において買収防衛策を持つ正当性がすでに失われていることを意味し、株主の懸念は高まっています。

ISSの現在のポリシーでは買収防衛策議案を評価するにあたり、総継続期間は考慮しません。今回のポリシー改定案は、各企業の経営環境の変化に関わらず、企業が買収防衛策を当然のように更新する状況に対する株主の懸念を表明することが目的です

ISSのポリシーでは二段階で防衛策議案が評価されます。第1段階では形式基準に基づいて評価し、第1段階ですべての基準を満たした場合に限り、第2段階の敵対的買収に対する脆弱性など個々の企業の状況を勘案した個別評価を行います。

今回のポリシー改定案は、第1段階に総継続期間に関する形式基準を追加するものであり、第2段階の個別評価のアプローチを変更するものではありません。

 これ、一見、正しいことを書いているように見えますが、大間違いです。皆さん、ISSにこう聞いてみてください。「本質的価値とはなんぞや?」と。企業の本質的価値とはどうやって算出するのでしょうか?企業の中長期計画に基づくDCF法による算出でしょうか?株価が本質的価値と比べて高いか安いかは誰がわかるのでしょうか?株価とは誰が決めているのでしょうか?たくさんの人が売買して決めています。所詮、人が決めている価格です。では、本質的価値は誰が決めるのでしょうか?

答えは・・・「神のみぞ知る」なのです。

 その時の株価が本質的価値に比べて高いか安いかなど誰にもわかりません。それぞれの人がそれぞれの本質的価値を持っているはずです。その証拠に、アナリストによる企業の目標株価は各社のアナリストによって異なっていますし、目標株価は変更されます。それぞれの人のそれぞれの本質的価値に比べて高いか安いかです。絶対的な本質的価値など存在しません。「業績悪化などで企業評価が一時的に下がり、本質的価値を下回る金額で株式が取引されているとき」と書いていますけど、それって本当に本質的価値を下回っているのでしょうか?業績悪化という事実を踏まえた本質的価値で取引されていると考えることもできます。あえて言うならば、株価はいつでも「現在の株価は当社の本質的価値を反映した価格ではない」のです。常に「もっと高いはずだ!」と追い求めて日々の経営に取り組むのが経営者なのです。本質的価値はだれにもわからないから、もしくは本質的価値とは常に株価よりも高いから、買収防衛策という交渉ツールが常に必要なのです。ISSは本質的価値というあいまいな言葉を濫用しているに過ぎません。

 しかし、ISSは2つ正しいことを言っています。1つ目は「取締役会が提案者と有利に交渉を行う手段として買収防衛策を用いる場合」です。これは正しいです。買収防衛策とは本来、買収者が提示する買収価格の引上げのためのツールとして用いられるべきです。ただし、それだけが目的ではありません。企業が買収されるということは、株主のみならず従業員にとっても一大事です。株主のみならず従業員にとってもハッピーな買収提案なのかどうかを精査するための情報と時間を確保する必要があります。もちろんISSは投資家の立場で物を言っているわけですから、こういう言い方になるのも当然です。

 そして2つ目。「今回のポリシー改定案は、各企業の経営環境の変化に関わらず、企業が買収防衛策を当然のように更新する状況に対する株主の懸念を表明することが目的です」という箇所です。前から申し上げているとおり、私はISSのやっているビジネスが理解できません。オープンコメントでISSがいかに間違っているかを指摘してやろうか!と思いましたが、しません。なぜならISSのやっているビジネスは認められないと思っているからです。認めていない相手が募集しているコメントなどに意見をしたら、ある意味、ISSのビジネスやその存在を認めることになってしまうからです。しかしながら、このコメントは正しいです。買収防衛策を導入している企業の多くは、買収防衛策を株主総会にかけています。買収防衛策を導入するためには株主総会にかける必要がある、という訳ではありません。廃止してしまいましたが、パナソニックは取締役会決議で導入していました(役員選任議案を通じた間接承認タイプ)。株主総会にかけることがマストではないのに、なぜ皆さん、株主総会にかけるのでしょうか?それは、買収防衛策の安定性を高めるためでしょう。取締役会決議のみで導入した場合、「株主が認めた策ではない」という理屈で買収防衛策に従わない買収者が現れるかもしれませんし、いざ買収防衛策を発動するとなった場合の法的安定性が問題視されるかもしれません。だから皆さん「株主総会にかけておいたほうが安全」と考えてかけます。株主総会にかける以上は株主に納得してもらわないとダメですし、買収防衛策を認めてもらうための努力も必要でしょう。しかし、現在、買収防衛策を更新している企業の多くはその努力をしているでしょうか?「ちゃんと投資家を訪問して説明しているよ」とおっしゃるかもしれませんが、それは当たり前です。私が申し上げたいのは、単純な努力ではなく適切な努力をしているか、です。

 そもそも、あんなに長くて読み難いプレスリリースを本当に投資家が読むでしょうか?「ちゃんと招集通知に書いてあるんだから、投資家は読むべきだ」でしょうか?私は違うと思うのです。買収防衛策を更新した企業の皆さん、以前のプレスリリースをベースにして修正していませんか?「前の時点から変わったところを修正しておけばいいだろ?」というレベルで修正していませんか?または「どうせ投資家は反対するんだろ?」と考えながらプレスを更新していませんか?だとしたら投資家は読まないですよ。「またあの長ったらしいプレスだろ?読む気もせんわ。反対、反対!」と投資家は考えるでしょう。

 3年前の導入時・更新時から、どういう議論をして今回も更新しようと考えたのでしょうか?貴社を取り巻く事業環境はどう変化したのでしょうか?敵対的買収は日本で起きたでしょうか?敵対的買収に関する議論を誰と何度したでしょうか?そもそも誰のための買収防衛策なのでしょうか?「そんな工夫をしたところで、どうせISSは反対するんだし、ムダでしょう?」と考えていませんか?ムダじゃないんです。皆さんが説得すべきはISSではありません。ISSなんかに説明しに行く必要などありません。皆無です。むしろプレスで「ISSの方針に沿って議決権行使するような投資家には議案の説明には行きません」と明記してもよいくらいです。

 買収防衛策のプレス、皆さん、見直しませんか?あれじゃあ投資家は読まないですよ。買収防衛策のルールについては簡潔に記載してしまいましょう。ルール自体はもう周知のものですし、改めて工夫する必要はありません。すっきりとしたプレスにしたほうがよいです。だって「ルール」なのですから、シンプルに書いた方がよいのです。「企業価値向上のための施策」とか「ガバナンス向上策」などの項目を入れている企業が多いですが、修飾語は取り除いてしまいましょう。

買収防衛策のプレスとは別に「事前警告型ルールに関する当社の考え方」といったプレスを出しましょう。そこで、経営陣による買収防衛策に対する思いや考え方を熱く語ってください。このプレスで「買収を防衛するための策ではないし、当社内では買収防衛策という呼称は使っていません。なぜなら、買収防衛策という呼称を使わないことで、当社経営陣の意識改革も行っているのです」とも言ってみましょう。それに買収防衛策は株主のためのものであることを、貴社の株価推移を図示しながら説明しましょう。理解してくれる投資家はいると思います。貴社が更新するまでに検討し、議論してきたことをきちんと書けばよいのです。それをやるには当然、真剣に検討し、議論する必要がありますし、買収防衛策を導入している以上、それをすべきです。

 なお、お客様から「そもそもISSは買収防衛策に賛成しているケースはなく、実質的に全社に反対しているにも関わらず、このようなスタンス変更を公表する意図は何か?」とご質問をいただきました。確かに、ISSは日本企業の買収防衛策議案に賛成していませんから、スタンスを厳しくする理由がありません。だって今の基準でも全社反対なのですから。

ISSは日本から買収防衛策を排除し、敵対的TOBであっても成立するようなマーケットにしたいと思っているのかもしれませんが、私はISSがそのような高尚な目的でスタンスを変更したのではないと考えます。もっと違う理由ではないでしょうか?例えばISSは「もう長ったらしい買収防衛策のプレスを読みたくないし、読んでいたら時間がかかる。6月は忙しいんだよ!いちいち形式基準をクリアしていないかどうかをチェックするのが面倒くさい。こういう基準を設けてしまえば、ほとんどの企業は基準をクリアしていないことは明白だから、プレスを読まず、形式基準のチェックもせずに反対できる。自分たちの作業を効率化できる!」と考えたのではないかと思います。ISSはそもそも人員が少なすぎると批判されています。ISSは商事法務に「取締役候補者の名前にふりがなをふれ」という内容を含んだ論文を掲載しました。人が足りないと指摘され、名前を調べるのが面倒くさく自分たちの業務を効率化させたいからふりがなをふれと上場企業に言う・・・。今回のスタンス変更は、自分たちの業務の効率化のためではないかと思います。勘違いしているISSのために、ISSのビジネスの効率化のために、また日本企業が振り回されます。

 私は常に買収防衛策は必要だと言い続けてきましたし、これからも日本が変化し、まっとうな敵対的買収が当たり前に起きるようになるまで言い続けます。世の中の流れとは逆のことかもしれませんが、私は正しいと思っています。なぜなら世の中のどんな人よりも、敵対的買収に関わってきたという自負があるからです。皆さんは買収防衛策を必要だと思われますか?私のコラムを読んでも「必要ない」と絶対の自信を持って言える方がいらしたら、ぜひご意見をください。必要だと考えている皆さん、そろそろISSに反論してください。ISSに直接反論するのではなく、正々堂々と世の中に向かって買収防衛策の必要性・正当性を訴えてください。そうしないと貴社を含めた日本企業にとってよくありません。1社1社の行動は小さなものかもしれませんが、やがてその行動は束となり、投資家も意見を変えざるを得なくなるでしょう。「目立ちたくない」はダメですよ。

 最後に、このISSのオープンコメントをご指摘くださった方、本当にありがとうございます。当社は私一人でやっている会社ですから、情報にぬけもれがあることがあります。このようにご指摘いただくと大変助かります。いつもコラムを読んでいただき、「コラムのネタをください」というコラムに対して反応してくださり感謝しております。

 

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