2016年11月16日

No.20 日立、市場との対話重視~5年ぶり個人投資家向け説明会~

日立製作所が5年ぶりに個人投資家向けの経営説明会を始めたそうです。本日の日経17面にあります。ただ、「安定株主の拡大狙う」とデカデカと書かれていますので、あたかも日立製作所が安定株主の拡大を狙って個人投資家向け説明会をやるように見えてしまいます。内容を読むと、安定株主の拡大を狙っているのではないように思います。

日立製作所のホームページを見ると、「日立が2018年にめざす姿」「社会イノベーション事業の加速」「2018年に向けて(重点施策)」「経営基盤の強化」「2018年中期経営計画の目標」など、細かく丁寧に説明しています。

 日立製作所の株主構成の推移を見てみます。インターネットでどなたでも閲覧できる「株主プロ」というサイトからのデータです。平成28年3月末のデータが掲載されていませんが、個人24.7%、法人1.9%、外国39.9%、金融30.3%、証券3.1%、政府0.0%です。

 

出所http://www.kabupro.jp/

日立製作所の個人株主比率をご覧になっていかがでしょうか?今日の日経の記事には「個人株主比率は2016年(平成28年)3月末時点で25%弱まで低下」とあります。低下はしたのでしょうが、でも、個人株主比率が25%ってけっこう高いです。ちなみに、外部から見た日立製作所の安定株主比率ですが、有価証券報告書の大株主の状況を見ますと、上位に安定株主と見られる「日立グループ社員持株会2.06%」「日本生命保険1.93%」「第一生命保険1.48%」がいます。これに、法人株主1.9%を加えた数値を安定株主とすると、合計約7.4%です。当たり前ですが、日立クラスの会社となるとこれくらいの数値です。

 個人株主を増やすためには犠牲が必要です。つまり、個人株主比率の高い会社は、いわゆる安定株主比率が低い会社が多いです。以前書きましたが、ソニーも個人株主比率が高いですが、安定株主はほとんどいません。私がかつて所属した野村ホールディングスもそうです。ただ、安定株主を犠牲にしたからと言って、個人株主比率の上昇につながるとは必ずしも言えません。その会社の事業内容や知名度、株価水準なども関わってきます。ちなみに、キヤノンはとても知名度があり、作っている製品も個人になじみのあるものが多いと思われますが、個人株主比率はどれくらいかご存知ですか?有価証券報告書を見ると2015年3月末で33.47%となっていますが、これには自己株式も含まれています。議決権ベースで見ると個人株主比率は約18%です。これでもキヤノンは高くなったほうです。一時は一桁でしたから。キヤノンの個人株主比率が低いのは、株価が高いためです。3000円以上しますので、1単元買うのに30万以上必要ですので。

 

 ここで日立製作所の株価推移を見てみます。

2009年(平成21年)3月末の個人株主比率は31%、2010年(平成22年)3月末は32%です。記事には、日立は2009年3月期に製造業で過去最大の赤字を計上したとあります。上表のとおり、株価は下落し、2010年にかけても低迷しているように見えます。ただ、その後株価は上昇し堅調な推移です。一方で、個人株主比率はどんどん低下しました。

何が言いたいかというと、個人株主が増えるかどうかは株価次第です。株価が下がれば個人株主比率は上昇しますし、株価が上がれば個人株主比率は低下します。ようは、個人投資家向け説明会をやっても、爆発的に個人株主比率が上昇することはまずありません。

記事をよく読むと、日立製作所は個人株主を増やすため、とは書いていません。「戦略を十分に説明する機会が必要と判断し、海外投資家だけでなく、個人投資家への対話の場も増やす方針を決めた」とあります。そういうことです。日立製作所の株主はざっくり言うと、外人(機関投資家)と個人なのです。だから、外人だけでなく、個人にも説明する機会を増やしましょう、ということではないでしょうか?

ただ、冒頭に「(日立製品になじみのある)個人は『日立ファン』になることが多く、長期保有の株主として期待できる」。日立幹部はこう強調する、とあります。これについては、ちょっと気になってしまいます。果たしてそうなのか?と私は疑問に感じます。なぜならば、日立の株価と個人株主比率の関係です。株価が上昇すると個人株主比率は低下していますので。ただ、それでも売却しない個人株主がいわゆる長期保有の株主として期待できる層なのかもしれません。

記事では、日本精工の専務も「本当のファンがほしい」とおっしゃっているようです。また、株主との窓口となる専門部署の設置を検討しているそうです。

ファン株主とは何か?株式を保有するだけでなく、製品も買ってくれる株主のことでしょうか?私がもしキリンの株主であったなら、おそらく、ビールを買う時にアサヒではなくキリンを買います。でも、トヨタ自動車の株主はそうなのでしょうか?意外と、トヨタの株式を持ってはいるが、乗ってるクルマはレクサスではなくベンツです、という方がいらっしゃるのではないでしょうか?日立はどうでしょうか?洗濯機、冷蔵庫、クリーナー、エアコンなどなど。「日立の株主だから製品も日立にしよう!」うーん、そういう人はいそうな気がしますが、「あ、でもクリーナーはダイソンがいいな」と思う人もいそうです。株主だという理由で買うかどうか微妙な価格帯です。ビールであれば株主ということを理由に買いそうですが。日本精工にいたっては、そういう株主は皆無でしょう。個人の方、日本精工が作っているもの買えません。

おそらく、ここで言うファン株主というのは、減ってしまった安定株主の代わりをしてくれる株主のことではないでしょうか。ISSの言うことなど聞かない、黙って議決権行使をしてくれる株主。個人株主はぴったりです。白紙で返してくれます。

この記事の最後に「野村證券の西山シニアストラテジストは、「企業が描く安定株主ばかりではなく、株価が上昇すればすぐに売却に走る投資家も出てくる。企業は安定株主とは何かをきちんと考えておくことが必要だ」と指摘する」とあります。

安定株主とは?簡単です。会社が株主総会に提示する議案に賛成してくれる人、敵対的買収が実施されても応募しない人です。個人を長期保有化するためにはけっこうな労力がかかると思います。専門部署の設置?でも、本当に長期保有化するかはわかりません。長期保有したからと言って、ファン株主=安定株主になるかどうかはわかりません。なぜなら、長期保有している理由が「売るにも売れないから」かもしれないからです。そうなると、株主総会議案に反対してくる場合もあります。

すでにある程度の個人株主を確保している企業については、個人株主向け説明会を実施する意義はあると思います。意義があるというよりは、たくさんいる株主なのだからちゃんと説明責任を果たしましょう、という意味においてです。一方で、個人株主比率が低いから個人株主作りをするために個人投資家向け説明会をやるというのであれば、おそらく効果は出ないと思います。ましてや、長期保有してもらう、となると難しいです。

私は個人株主には長期保有をしてもらう必要はないと思います。儲けたら売ってください、でも、株価が下がったらまた買ってください、です。長期保有化ではなくリピーターにすることが重要ではないでしょうか?一時点、一時点では株主として保有している、点と点をつなげれば線になる、です。

 

随分と昔の話ですが、DOWAホールディングスという会社が長期保有株主を増やすために、株主に新株予約権を付与し、数年後、株式を保有し続けていたら権利行使でき、持株数を増やすことができるという施策を実行しました。このケースは後日解説しますが、DOWAホールディングスが実施して以降、どの会社も実施していません。もしこのような施策をお考えの会社がいらっしゃったら、どうぞご相談ください。「実施しない方がよいです」ということをアドバイス申し上げます。

 

このコラムのカテゴリ

関連する
他のコラムも読む

2018年04月10日 有料記事

No.307 私がやりたいこと

ずばり「個人株主拡大策」です。「いつも売出ししかないって言ってたじゃん?証券会社の仕事も始めるの?」 そうではありません。以下のサイトを見てください。長いので時間がない方は読む必要はありません。いや、時間のある方も読まなくていいと思います。 ...

続きを読む

カテゴリからコラムを探す

月別アーカイブ