2021年11月04日

No.1181 (無料公開)私は法整備を進めるよりも買収防衛策導入を進めたほうがよいと考えます

東京機械製作所の株式をアジアインベストメントファンドが市場で大量に取得したことに関して、以下の記事が掲載されています。

https://jp.reuters.com/article/tokyo-kikai-idJPKBN2HF28U

東京機械側の意見書を書いた東京大学社会科学研究所の田中亘教授は「防衛策はあくまでも次善策。本筋は公開買い付け規制を整備するべき」と指摘する。その上で、「市場内買い付けについても規制に含めて良いのではないか」としている。

たしかにTOB規制を整備しなおす時期に来ているのかもしれません。ただ、仮に規制が見直され、市場での取得に一定の歯止めが課されたとしても、上場会社はあまり期待しないほうがよいと思いますし、規制の整備が上場会社を逆に苦しめることにもなりかねないと私は考えます。

なぜかと言うと、どうせ規制の整備をしても中途半端なものになるし、規制が整備されたのだから「もう買収防衛策を導入すべきではない」という風潮になるからです。

ではTOB規制を見直すとしたらどういう内容が想定されるでしょうか?上記記事には以下のような内容が記載されています。

国外に目を転じると、英国は30%以上の株式を取得する場合はTOBを実施し、応募のあった全株式の買い取りが義務付けられている。米国では市場内で買い集めて買収することが可能だが、取締役会決議だけで対抗措置を発動することができる。早稲田大学大学院経営管理研究科の鈴木一功教授は「日本の場合は中途半端」と指摘する。

では英国と同じように30%以上の株式を取得する場合TOBによらなくてはならず、かつ、応募のあった株式を全株買い取らなくてはならないルールにしたら何が起きるでしょうか?簡単ですね。29.9%まで市場で株式を買って会社にプレッシャーをかけるだけです。西松建設は旧村上ファンドに何%の株式を市場で買われたのでしょうか?25%です。25%しか買われていないけど、西松建設は大規模自己株TOBを実施し、旧村上ファンド保有分を買い取りました。安定株主比率の高くない上場会社にとっては25%と言えどもかなりの脅威となる水準なのです。ちなみに、一定水準の株式を買い付ける場合に全株買収を義務付けたら、たぶんアクティビストは全株買収のTOBを仕掛けてくると思いますよ。会社がホワイトナイトを連れてくるだろうと期待して。

じゃあ20%以上の株式を取得する場合はTOBによらなくてはならないにしたらどうか?という考え方もあるでしょう。でもこの場合は何が起きるでしょうか?私だったらウルフパックで攻めますね。上場会社の株式を19.9%まで市場で取得し、水面下で別の投資家と手を結び、別の投資家にも市場で買ってもらいます。もちろん水面下で手を握り、共同保有には該当しないようにします。これをやられたら、TOB規制が形骸化します。もちろんウルフパックに関しては既存の平時型買収防衛策であっても対抗しきれない面はあるので課題ではあります。

そしてTOB規制が整備されると、機関投資家は平時型買収防衛策や有事型買収防衛策をよりいっそう批判します。「すでにTOB規制は整備され、市場での大量取得に一定の歯止めがかけられたのだから、平時型・有事型買収防衛策は必要ない。過剰防衛だ」と言い始めます。2006年にTOBルールが改正された際にも、TOBルールが改正されたことを理由に買収防衛策を廃止した会社がたくさんありました。

当然ですが、TOB規制をいくら整備しても、完全に防衛できる規制などにできるわけがありません。完全に防衛できる規制にしたら投資家が反発し、日本の株式市場から出て行ってしまう可能性がありますので、投資家と上場会社のどちらにとってもバランスの取れた規制にする必要があります。そうなると、とっても盲点だらけでとても上場会社にとって満足のできる整備された規制などになるわけがないのです。

盲点だらけの規制、そもそも規制に盲点があるのは当たり前で、そういった規制を潜り抜けてよからぬ買収者が上場会社を食い物にするような買収を仕掛けてきます。でも規制が整備されたのだから投資家は上場会社に「買収防衛策をもうやめろ」と言います。規制される前の方がよっぽど防衛行動を取りやすかったよね、ってなことになりかねません。

会社を守るのは誰の仕事なのでしょうか?役員の皆さんの仕事です。そもそも会社のステークホルダーの利益や会社そのものの利益を守るのは会社自身。会社自身が防衛手法を工夫して守るべきだし、防衛手法の工夫に加えて本質的な価値向上をしなくてはならない。政府に頼るのではなく、自分の身は自分で守るのが基本です。

一方で政府にやっていただきたいことは、買収防衛策と呼ばれている事前警告型ルールの導入を促してもらうことです。けっして買収防衛策などという保身の策ではなく、すべてのステークホルダーがTOBに応じてよいかどうかの情報と時間を確保するためのルールであることを周知徹底してもらうことだと私は考えます。

機関投資家もそろそろかたくなに反対するのではなく、会社を認めてあげるではどうでしょうか?そして会社も社外取締役を増やすなどして、機関投資家が安心できるガバナンス体制を構築すべき時期に来ていると言えます。買収防衛策とガバナンスは別の議論ではあるのですが、機関投資家に信用されないと買収防衛策の導入を認めてもらえません。買収防衛策を導入しても、それを濫用的に使用できない仕組みづくりをあわせてしてこそ、投資家に信用されるのです。

投資家と経営者が互いに歩み寄れば、双方にとって効果的な企業防衛体制が構築できると思います。

 

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