2016年12月19日

No.36 買収防衛策は経営陣の保身? など2コラム

■買収防衛策は経営陣の保身?

 やろうと思えば保身として利用できます。

 でも、ほとんど不可能だと思っていただいた方がよいです。インターネットで「買収防衛策」と検索すると、大学教授などが「保身に使ってはならない」とか「コーポレートガバナンスコードにも明記されている」と書いている論文を目にします。

 たぶん、現場の社長やCFO、総務部や経営企画部の考えや思いを聞いたことがないのだと思います。いわゆる日本の「買収防衛策」では完全に防衛することはムリです。このコラムでも何度か書いたと思いますが、相手次第なんです。けっこう、理解している経営者は多いですよ。「時間は稼げるかもしれないけど、相手がまともな事業会社だったら発動するのはムリだよね」と。「保身に使う!」とおっしゃるのは、割と現場のことを知らない方が多いのではないかと私は思っています。日本企業の経営陣のレベルはそんなに低くありません。皆さん、きちんと勉強していらっしゃいます。

 買収防衛策を導入し続けている会社の本音は?というと、私がいろいろとお話を聞いた結果思うのは、濫用的買収者への対応です。ここで言う濫用的買収者とは、「何を考えているのかよくわからん投資ファンド」とお考えください。※ただし、心の片隅で「もしかしたら防衛策があることによって、買収を思いとどまる企業がいるかも」と淡い期待を抱いている方もいらっしゃると思いますが。

 まともな事業会社が買収提案をしてきたときまともな上場会社は、買収防衛策のルールに則って、買収提案の内容や自社にとってのメリット、従業員や取引先の処遇などを質問します。当たり前ですが、その質問と回答のやり取りは1回で済むものではありません。

 考えていただきたいのは、「貴社が身売りをするとき、30営業日で決められますか?」「相手方とのミーティングも行わず、相手方の経営陣の人となりもわからない状態で、身売りを決められますか?」ということです。買収防衛策に対して批判的な方々の視点で抜け落ちている点です。今まで独立した経営を維持してきた会社に、どこかの企業の傘下に入ることを決めるのに、TOBルール上、最短で30営業日で決めなければならないなんて逆に不思議じゃないでしょうか。

議決権行使助言会社の米インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)の石田猛行代表は、日本で乱用的な買収はめったに起こらないが、「日本の企業の人は恐れている。どんな人が来ても、とにかく守るという考え方」と買収防衛策が導入される背景を指摘。一層の効率的経営につながるような「まともな議論も全部止めるためにあり、投資家にとってはネガティブ」とみている。※2015/7/29ブルームバーグ

 めったに起こらないかどうかはこのご時世わかりませんが、そもそも頻繁に起こるからという理由で買収防衛策を入れている企業はいません。めったに起こらないけど起きるかもしれないことに対処するのが買収防衛策です。あと、「まともな議論を全部止めるためにあり」とおっしゃっていますが、そんなことはありません。たぶん、ISSのところには、買収防衛策導入企業が事前説明に来たのでしょう。その際に話した感触からおっしゃっているのではないかと思います。しかし、少なくとも私が訪問させていただきご相談にのった企業の方々は「まともな買収を止めるため」に買収防衛策を検討している企業はありません。めったに起こらないけど、起きたらすごく困る濫用的買収者の登場に備えて検討していらっしゃいます。

 既述しましたが、多くの企業は濫用的買収者が登場した時にどうするか?を真剣に考えています。まともな事業会社が買収提案をしてきたときは、時間は多少稼げるかもしれないが最終的にはTOB価格に魅力があるかどうかを株主が判断して、応募を決めるだろうと腹を括っている会社もあります。

 でも、濫用的買収者に対しては毅然とした対応をしたい。なぜなら買収の目的もよくわからないし、本気でTOBをして経営する意思があるのかもわからない。従業員や取引先がどんな悪影響を被るのかわからない。更に言うと、「結局、どこかの会社に売却することが目的なんでしょ?」と思っています。過去の事例を見ると、そういう事例が多いからでしょう。

 では「安値で株式を買って高値で第三者に売却する行為は悪なのか?株価を割安に放置していた経営陣が悪なのではないか?」という意見を言う方がいます。

 正論です。でも、株価って本当にいつもその会社の適正価値を反映しているのでしょうか?違いますよね。PBR1倍割れしているのは、本当に貴社経営陣の責任なんでしょうか?日本の株式市場を取り巻く状況次第で貴社の株価も変動しますよね。

 そこなんです。割安に放置されているのは決して経営陣のみの責任ではありません。買収防衛策は経営陣が買収提案を検討するための時間を確保するものではありますが、同時に株主にも株価と買収提案価格を冷静に比較検討するための時間を確保するものでもあります。本当に30%プレミアムの提案価格で応じていいのか?「いや、待てよ。30%のプレミアムをのせてはいるが、PBRで計算すると1倍にしかなってないぞ。こんな価格で応じてはいけない」と。

 買収防衛策を導入していたおかげで、「買収提案によって我が社の株価が割安に放置されていることが株主や投資家に伝わった」となり、もしかしたら株価が買収提案価格を超えてしまうことだっておおいにあると思います。それにはやはり時間と情報が必要です。

■なぜ社外取締役は買収防衛策に反対するの?

 「社長!まだ買収防衛策を導入し続けるのですか?」

 「社長!買収防衛策を廃止している企業が増えていますよ!」

 「社長!買収防衛策を導入することは時代の流れに逆行していませんか?」

 取締役会で社外取締役に質問されたらどう答えますか?本日、2016年12月19日の日経19面に『統治指針「全て遵守」58%』という記事がありました。買収防衛策に直接的に触れた記事ではありませんが、この手の記事を見た社外取締役の方は「やっぱり買収防衛策の導入は株主の利益に反する行為なのではないか」「コーポレートガバナンス上、買収防衛策は悪ではないか」と考え、上記のような質問をするかもしれません。では、コーポレートガバナンスコードでは買収防衛策についてどう触れているのでしょうか?

【原則1-5.いわゆる買防衛策】

防衛の果をもたらすことを企してとられる方策は、経営陣・取締役の保身を目的とするものであってはならない。その導入・運用については、取締役・監役は、株主にする受託者責任を全うする観点から、その必要性・合理性をしっかり討し、適正な手を確保するとともに、株主に十分な明を行うべきである

補充原則

1-5① 上場社は、自社の株式が公開買付けに付された場合には、取締役として

の考え方(抗提案があればその容を含む)を明確に明すべきであり、また、株主が公開買付けにじて株式を手放す利を不に妨げる措置を講じるべきではない。

 なるほど。当たり前のことですね。「買収防衛策はダメ!」とは言っていません。保身であってはならないし、導入・運用に関してはきちんと株主に説明しなさいよ、ということです。でも、社外取締役の中には「最近の風潮からすると、買収防衛策は好ましくない」と考える方も出てきます。なぜでしょうか?

 買収防衛策を廃止する会社が増えていること、外国人を中心とした株主が反対であること、コーポレートガバナンスコードでは買収防衛策の導入を否定はしていないがなんとなく否定的に見えてしまうこと(買収防衛策に言及していることそのものが買収防衛策導入をけん制しているように見えてしまうこと)、などが理由でしょう。

 しかし、最も大きな反対理由は、ご自身の名誉ではないでしょうか。「この会社は買収防衛策を導入している。時代遅れの会社だ!社外取締役はなぜ導入に賛成しているのか?」「買収防衛策を認めているなんて、社外取締役として機能していない!」などと株主が意見した場合を想定して反対もしくは否定的な反応をするのではないでしょうか。

 買収防衛策の導入・継続を検討している会社の皆さん。社外取締役、いらっしゃいますよね?もし社外取締役が「まだ買収防衛策を入れるんですか?株主は反対しますよ。」と聞いてきた場合、以下の質問をしてみてください。

「うちの会社のフェアバリューはいくらですか?いくらのTOB価格であれば買収提案に賛成すべきと考えますか?」

 答えられる社外取締役はいません。続けて、以下の質問をしてみてください。

「非常に難しい質問ですよね。回答するには時間がかかると思いませんか?」

 そのための買収防衛策です。なお、価格に加えて、自社にとっての買収提案のメリット、従業員の処遇、取引先との関係をどうするか、などいくらでも確認すべき事項があります。本当に時間が必要になります。

 コーポレートガバナンスコードはその導入・運用については、取締役・監役は、株主にする受託者責任を全うする観点から、その必要性・合理性をしっかり討し、適正な手を確保するとともに、株主に十分な明を行うべきである。」と言っています。これは正しいです。ですので、ある意味、株主の代表でもある社外取締役に対しては、納得するようにきちんと説明する必要があります。「買収防衛策は経営陣の保身ではない。会社と株主にとって必要な時間と情報を確保するものである」と。社外取締役が納得する買収防衛策は株主も納得してくれます。そして社外取締役から株主に対して「株主と会社のことを考えると買収防衛策は必要である。我が社の経営陣は保身のために買収防衛策を利用することはない」と明言してもらいましょう。「矢面に立つのはイヤだ」と社外取締役が渋る場合は、ちゃんとした社外取締役を選びましょう。自信をもって「買収防衛策は必要である」「そもそも買収を防衛するための施策などとは考えていない」と株主に説明できる社外取締役にしましょう。

 「社外取締役が納得するような説明を社内の経営陣で行うのは難しいよ。専門家じゃないんだから!」と思った皆さん。どうぞ弊社をご活用ください。

 

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