2016年09月30日

No.4 安定株主対策は必要か?~ソニーになれますか?~

■安定株主対策は必要か?~ソニーになれますか?~

 最近のコーポレートガバナンス改革のせいか、各社で「持ち合い株式を処分すべきではないか?」という議論が起きているようです。持ち合い株式は株価変動リスクを抱えることになりますし、そもそも、資金を寝かせることになります。お互いの株主総会運営のために持ち合っているのだから、経営陣の保身とも見られます。

 確かに、持ち合い株式を売却するかどうかという議論は重要になってきますが、本当に売却してしまって大丈夫でしょうか?

 ソニーの安定株主比率は、有価証券報告書で見る限り、数%しかありません。ソニーは、過去、役員報酬の個別開示に関する株主提案が提出されており、40%程度の賛成票を集めたこともありました。でも、可決されたことはありません。なぜか?

 ソニーは外国人株主比率が高い会社です。その点からいくと、可決されても不思議はありません。でも可決されなかったのは、外国人株主比率と同様に、個人株主比率も高いのです。そうです。個人は議決権行使をあまりしませんし、したとしても、白紙で返すことが多い株主です。

 現在、持ち合い株式を売却するかどうか検討している会社の皆さん、自社の株主構成を見てください。個人株主比率は歴史的に見てどうですか?20%を超えている?だとしたら、そこそこです。個人株主比率が10%程度?低いです。

 ソニーへの株主提案が可決されなかったのは、個人株主比率が高かったからです。

 みなさん、個人株主比率を上昇させる自信はありますか?そう簡単には増えません。ソニーはやはり知名度があります。「お、ソニー安いな。買っとくか」という単純な考え方で買っている個人もいるのではないかと思います。

 個人株主比率を上昇させる自信がない場合、安定株主を放棄してしまうと大変なことになります。形式的なガバナンス議論に振り回されずに、表面上は「持ち合い株については双方で話し合っている」といったようにファイティングポーズをとりつつ、長期的に安定した経営基盤を確保するために、必要な安定株主までは放棄しないレベルでの持ち合い解消にとどめておいたほうが得策です。

■なぜ今買収防衛策を廃止するのか?

 先日、昔からお世話になっている弁護士の方と久しぶりに会話する機会がありました。「持ち合い解消が進んでいる今こそ、買収防衛策が必要な時代じゃないんですかね」と質問したところ、先生は「私も実はそう思っているんです。クライアントから、防衛策の廃止について相談を受けることがあるのですが、できることなら継続した方がよいとアドバイスしています。」とおっしゃっていました。2015年に買収防衛策を継続しているのは480社程度の模様です。1年間で廃止した企業は22社もあるようです。機関投資家は基本的に買収防衛策には反対のスタンスですし、否決されたら世間体も悪いからでしょうか・・・。理由の一つとして「機関投資家の声に配慮した」という点もあるようです。

 コーポレートガバナンス改革により、買収防衛策を継続している企業=株主の声に耳を貸さない企業、というイメージになっているのかもしれません。でも、私のような企業防衛などのコンサルティングを提供している立場の人間からすると、「本当に大丈夫ですか?」と思ってしまうのが現実です。何が言いたいかというと、「買収防衛策があるのとないのとでは、有事の対応が全く違ってきますよ」ということです。本当に買収提案があったときやアクティビストに買い集められたときの大変さ、ご存知ですか?

 本当に大変です。「いやー、今週も疲れたねえ。金曜だから飲みに行くか!」と雑談していたら、部下から「大変です!●●パートナーズという投資ファンドが当社株式の大量保有報告書を提出したみたいです!」と。はい、休日出勤決定です。

 もっとひどいと、年末年始に突然、経営改善に関する提案書などが送り付けられてきます。もう、ぐったりします。大みそかとお正月、素直に楽しめません。また、ある会社では、我々アドバイザーが夜中の3時くらいにプレスリリース案を作成し、会社と弁護士に送付します。一旦帰宅し、3時間くらい寝て、7時くらいに出社すると、弁護士からのコメントが6時半くらいに届いています。そんな日が何日も続きます。当然、これは、買収防衛策を導入していたとしてもあり得ることですが。

 買収防衛策の存在意義は、時間と情報の確保です。「それだけ?」とお考えになるかもしれませんが、かなり重要です。突然、TOBをかけられると、最短で30営業日で勝負が決まります。1か月半です。たった、1か月半で会社の命運が決まってしまうのです。でも、買収防衛策があると、もっと時間を確保することができます。ちなみに、随分昔の話で、また、米国の事例ですが、オラクルがピープルソフトに敵対的TOBを仕掛けたとき、成立するまで1年くらいかかりました。

 時間を確保することで落ち着いた対応ができますし、最も重要なのは、自社だけで守りきれない場合です。ホワイトナイトに救出を依頼する際、先方内でも検討する時間が必要なんです。いろんな局面を考えると、やはり買収防衛策はあったほうがよいのです。実際に有事を経験した会社は、絶対に買収防衛策を廃止しません。あのときのつらさを知っているからです。

■総務部の苦悩~「去りゆく安定株主」~

 2016年9月16日付の日本経済新聞の記事です。リクルートホールディングス、三菱総合研究所、小野薬品工業の株式売り出しやスズキと富士重工業の資本関係解消に関して言及しています。その中で「従来、持ち合い解消は銀行主導が多かった。リクルートの売り出しで興味深いのが「事業会社が株式売却を提案した」という点だ」とあります。また、野村證券によると、市場全体に占める持ち合い比率は15%に低下しており、企業統治改革の浸透で「今後は遅れている企業同士の持ち合い解消が進む」ともあります。

金融機関の持ち合い解消は確実に進んでいますし、これからも進むでしょう。一方で、事業会社の持ち合いはどうでしょうか?本当に記事のように企業同士の持ち合い解消が進むのでしょうか?

よく財務・経理部の方々は営業部門に対して「本当にこの会社の株式が必要かどうか検討してほしい。配当以外にどういうリターンがあるのか報告するように」という指示を出すことがあると思います。例えば、あるゼネコンは「配当以外のビジネス上のリターンも管理している」とおっしゃっていました。ゼネコンは持ち合いではなく、施主の株式を片持ちしていることが多いですので、きちんと管理していらっしゃるのでしょう。

ただ、営業マンとしては取引先の株を売ることなど、何のメリットもないし、むしろ取引先との関係上はマイナスになってしまうので、何とか理由をつけて売らない方向にもっていきます。まあ、そうでしょうね。私もそうした経験があります。

一方、営業部門以外に株式を売却してもらいたくない部署があります。総務部です。なぜか?株主総会運営を担当している部署だからです。財務部の言うことは正論です。いらない株式は売るべきだ!そうです。おっしゃるとおりです。でも、「これ以上安定株主が減ると、本当に総会議案が否決されるぞ!」と思う総務部の気持ち、わかります。

「うちって、否決されるような総会議案を出すの?買収防衛策って、うち入れてないよね?」というご意見もあろうかと思います。買収防衛策を議案にかけないから安定株主が減っても大丈夫でしょうか?買収防衛策以外にも、きもい議案はあります。その昔、大阪製鉄と東京鋼鉄が経営統合しようとしたところ、いちごアセットがプロキシーファイトを行い、否決してしまいました。ちょっと話は違いますが、出光興産のようなケースもあります(これは安定と思っていた創業家が非安定になってしまったケースですが)。また、急遽、買収防衛策を入れなくてはならなくなるシチュエーションも出てきます。

そういうきもい議案を出すときこそ、総務部の腕の見せ所だろ?いえいえ、ムリです。安定株主と株主構成で議案の賛否はある程度読めます。そこから、反対する可能性がある投資家を説得する訳ですが、ISSが反対していたらなかなか厳しいです。ですので、最低限の安定株主は必要です。

では、最低限の安定株主比率とは???

貴社の株主構成によって、必要な安定株主比率は異なります。ためしに、貴社の株主構成と電鉄各社の株主構成を比較してみてください。

■グラスルイスのリポートをQUICKが配信

2016年9月30日の日本経済新聞に「QUICKは議決権行使助言大手、米グラスルイスのリポートを運用会社向けに提供する」という記事がありました。「へえ」程度の記事ですが、まあ、QUICKが提供するサービスを日経が宣伝していると思えばいいのでしょう。

ただ、よいことが書いてあります。「同じ議案でもグラスルイスとISSで見解が異なるケースがある。」「重要な案件については、複数の助言会社の視点を参考にしたい」という内容です。トヨタ自動車が発行した種類株式でも賛否が分かれました。私は助言会社のレポート自体を読んだ訳ではないのですが、新聞・雑誌記事などによりますと「ISSは種類株の発行で安定株主が増えると経営の規律が失われるなどとして反対を表明。」「グラスルイスはトヨタが資金調達の手法を多様化できるほか、将来のビジネスチャンスにつながるとして賛成の意向を示していた。」とのことです。結果、トヨタ自動車は75%の賛成を得て可決しました。

トヨタの種類株式の議案で、ISSとグラスルイスの賛否が分かれたから75%の賛成を得たのかどうかは不明です。以下はトヨタ自動車の株主構成です(2015/3期末)。

 法人株主比率が18.75%です。ここでは記載しませんが、上位大株主を見ると、日本生命3.51%、三井住友海上1.87%持っていますので、外部から見た安定株主比率は24.13%です。時価総額からすると、相当高いです。貴社よりも高くないですか?これだけだと、外国人株主がどれくらい賛成したのかわかりませんが、ISSとグラスルイスの意見が割れたからというよりは、「グラスルイスに言われなくても、悩ましい議案はちゃんと検討している」機関投資家がちゃんといるということではないかと思います。

グラスルイスの議案推奨のスタンスはISSよりは会社よりだと感じます。特に株主提案などは、「経営陣を支持している以上は株主提案を推奨しない」ことがあります。まあ、助言できないことは助言しない、というスタンスなのかもしれません。ISSの方がある意味踏み込んだ助言をしているとも言えます。

グラスルイスのリポートが日本でも見やすくなったとは言え、ISSの独占状態にあまり変化は見られないでしょうし、日本の機関投資家は、そもそも助言会社の意見を参考程度にはしているが、実際の判断は機関投資家独自に行っていると思われます。

なお、トヨタ自動車の種類株式に対するISSの意見ですが、「個人株主=安定株主」と見なしたように見えます。個人株主を増やすこと=安定株主を増やすこと、と考えているなら、では、個人投資家向けIRを行っている企業もダメなんでしょうかね。国内個人向けに公募増資や売り出しをする企業もダメということになってしまわないでしょうか?ISSのロジックはわからんでもないですが、公にするにはちょっとどうかと思います。

 

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